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障害者制度は「他人事」では危ない! 
12/14、15の陶友祭も無事、終わりました。
今年は、寒くなりすぎず、雨も降らず、天候にも恵まれたと思います。
ご来場いただいた皆さん、準備等ご協力いただいた皆さん、ありがとうございました。
(詳しいご報告はまたの機会に!)

さて今回は、先日の職員会議で学習した内容のご紹介です。
我が陶友も所属する「きょうされん」(旧称:共同作業所全国連絡会)が、今月初めに閉会した国会を終えてコメント(コメンTOMO №110)を出しました。

その中で、ドイツの反ナチス運動家として知られた牧師のマルティン・ニーメラー(1892-1984)のこの詩『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』を引用し、今の世情を憂いた文章がありました。

「もし、運動の歩みをここで止めてしまえば、後々に先の詩になぞらえて、こう表現されるかもしれない。
 『生活保護制度が改悪されたとき、私は声をあげなかった
 私は生活保護受給者でなかったから

 介護保険制度が改悪されたとき、私は声をあげなかった
 私は65歳以下だったから

 自動車運転致死傷罪が見直されたとき、私は声をあげなかった
 私は統合失調症やてんかん患者でなかったから

 障害基礎年金が引き下げられたとき、私は声をあげなかった
 私は障害者でなかったから

 消費税が引き上げられ、生活が苦しくて公的支援を求めたが
 すでに私が無料で活用できる福祉制度は、もう何ひとつも残っていなかった』」


「障害者権利条約の批准」という1つの成果はありながらも、日本の福祉政策(だけではありませんが)は危ない方向に進んでいるようです。

「○○は自分には関係ないから・・・」と思わずに関心を持ってください。
ぜひ、「コメンTOMO」の全文も読んでみてください。(http://www.kyosaren.com/topicsAndNews/2013/12/tomono110--185-.html)

                             (とくい)
(以下、引用)

コメンTOMO【No.110】障害者権利条約の批准をステップに -第185回国会(臨時会)を終えて-
(コメンTOMO 2013年12月13日)【No.110】


障害者権利条約の批准をステップに
-第185回国会(臨時会)を終えて-


 12月5日、南アフリカでの人種差別政策(アパルトヘイト)撤廃運動に尽力したネルソン・マンデラ氏(95)が亡くなった。自由と民主主義のために身を捧げたリーダーの生き方から、わたしたちは多くのことを学んできた。
 一方で、この国のリーダーが今国会ですすめてきたことは、独裁と抑圧の政治につながりかねない強引な審議のやり方であった。


 彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 
 私は共産主義者ではなかったから


 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
 私は社会民主主義ではなかったから


 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 
 私は労働組合員ではなかったから


 彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった
 私はユダヤ人などではなかったから


 そして、彼らが私を攻撃したとき
 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった


 ドイツの反ナチス運動家として知られた牧師のマルティン・ニーメラー(1892-1984)のこの詩『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』を引用し、今の世情を憂う人が多い。


 12月8日に閉会した臨時国会は、特定秘密保護法の強行採決で幕を閉じた感があるが、この法律は「何が秘密なのかも秘密」とすることができ、政権中枢の意図による秘密指定の拡大に歯止めを持たない。市民運動や市民が、公務員や国会議員、マスコミなどから情報を得る中で、知らないうちに特定秘密に近づいた、あるいは知り得た者及び関係者として調査対象に挙げられる可能性も否定できない。また、秘密を扱う委託先には民間事業者もあり、その適正評価として各人のプライバシーが調査対象となり、基本的人権は蔑ろにされる。さらに精神疾患に関しても調査事項に列挙されているなど、精神疾患=危険との烙印を押しているようなものだ。第二次大戦に突き進んだ「いつかきた道」を二度と繰り返さないためにも、障害分野からも法の破棄を強く求めるものである。


 また、社会保障や障害分野をとっても、看過できない問題が集積した国会だった。
 「自助」と負担増を強要する社会保障プログラム法の成立、「水際作戦」を強化して給付を抑制する生活保護法の改定、特定の精神疾患やてんかんなど多くの当事者が肩身の狭い思いをするような「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」の成立など、いずれも障害のある人の権利擁護の視点では「後退」と言わざるを得ないものばかりだ。
 唯一、障害者権利条約の批准が12月4日に国会で正式に承認されたことは、そうした厳しい潮流の中でも、歴史的な意義をもつことになろう。当面は日本国政府として国連に対する条約批准の通告を経て、およそ一カ月後の年明けには、139番目の条約締約国となる見込みである。
 但し、じっと見守っていては条約批准が「絵に描いた餅」となることは必至だ。なぜなら、わが国の障害者制度は、国際水準から大きく立ち遅れていることが明白なのにもかかわらず、わが国政府には、それを改める自覚があまりにも乏しいからである。


 もし、運動の歩みをここで止めてしまえば、後々に先の詩になぞらえて、こう表現されるかもしれない。


 生活保護制度が改悪されたとき、私は声をあげなかった
 私は生活保護受給者でなかったから


 介護保険制度が改悪されたとき、私は声をあげなかった
 私は65歳以下だったから


 自動車運転致死傷罪が見直されたとき、私は声をあげなかった
 私は統合失調症やてんかん患者でなかったから


 障害基礎年金が引き下げられたとき、私は声をあげなかった
 私は障害者でなかったから


 消費税が引き上げられ、生活が苦しくて公的支援を求めたが
 すでに私が無料で活用できる福祉制度は、もう何ひとつも残っていなかった


 今年も残すところあと僅か。
 来年は権利条約批准を新たなステップに、わたしたちきょうされんとしても、当面する第37次国会請願署名・募金運動をはじめ、障害のある人を主人公として、わが国の障害者制度改革や社会保障をまもり発展させる運動を多くの人たちや団体と手をつないで強力に推し進め、前進を築く年としたい。
関連記事
(以下、引用)

コメンTOMO【No.110】障害者権利条約の批准をステップに -第185回国会(臨時会)を終えて-
(コメンTOMO 2013年12月13日)【No.110】


障害者権利条約の批准をステップに
-第185回国会(臨時会)を終えて-


 12月5日、南アフリカでの人種差別政策(アパルトヘイト)撤廃運動に尽力したネルソン・マンデラ氏(95)が亡くなった。自由と民主主義のために身を捧げたリーダーの生き方から、わたしたちは多くのことを学んできた。
 一方で、この国のリーダーが今国会ですすめてきたことは、独裁と抑圧の政治につながりかねない強引な審議のやり方であった。


 彼らが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 
 私は共産主義者ではなかったから


 社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
 私は社会民主主義ではなかったから


 彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 
 私は労働組合員ではなかったから


 彼らがユダヤ人たちを連れて行ったとき、私は声をあげなかった
 私はユダヤ人などではなかったから


 そして、彼らが私を攻撃したとき
 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった


 ドイツの反ナチス運動家として知られた牧師のマルティン・ニーメラー(1892-1984)のこの詩『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』を引用し、今の世情を憂う人が多い。


 12月8日に閉会した臨時国会は、特定秘密保護法の強行採決で幕を閉じた感があるが、この法律は「何が秘密なのかも秘密」とすることができ、政権中枢の意図による秘密指定の拡大に歯止めを持たない。市民運動や市民が、公務員や国会議員、マスコミなどから情報を得る中で、知らないうちに特定秘密に近づいた、あるいは知り得た者及び関係者として調査対象に挙げられる可能性も否定できない。また、秘密を扱う委託先には民間事業者もあり、その適正評価として各人のプライバシーが調査対象となり、基本的人権は蔑ろにされる。さらに精神疾患に関しても調査事項に列挙されているなど、精神疾患=危険との烙印を押しているようなものだ。第二次大戦に突き進んだ「いつかきた道」を二度と繰り返さないためにも、障害分野からも法の破棄を強く求めるものである。


 また、社会保障や障害分野をとっても、看過できない問題が集積した国会だった。
 「自助」と負担増を強要する社会保障プログラム法の成立、「水際作戦」を強化して給付を抑制する生活保護法の改定、特定の精神疾患やてんかんなど多くの当事者が肩身の狭い思いをするような「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律」の成立など、いずれも障害のある人の権利擁護の視点では「後退」と言わざるを得ないものばかりだ。
 唯一、障害者権利条約の批准が12月4日に国会で正式に承認されたことは、そうした厳しい潮流の中でも、歴史的な意義をもつことになろう。当面は日本国政府として国連に対する条約批准の通告を経て、およそ一カ月後の年明けには、139番目の条約締約国となる見込みである。
 但し、じっと見守っていては条約批准が「絵に描いた餅」となることは必至だ。なぜなら、わが国の障害者制度は、国際水準から大きく立ち遅れていることが明白なのにもかかわらず、わが国政府には、それを改める自覚があまりにも乏しいからである。


 もし、運動の歩みをここで止めてしまえば、後々に先の詩になぞらえて、こう表現されるかもしれない。


 生活保護制度が改悪されたとき、私は声をあげなかった
 私は生活保護受給者でなかったから


 介護保険制度が改悪されたとき、私は声をあげなかった
 私は65歳以下だったから


 自動車運転致死傷罪が見直されたとき、私は声をあげなかった
 私は統合失調症やてんかん患者でなかったから


 障害基礎年金が引き下げられたとき、私は声をあげなかった
 私は障害者でなかったから


 消費税が引き上げられ、生活が苦しくて公的支援を求めたが
 すでに私が無料で活用できる福祉制度は、もう何ひとつも残っていなかった


 今年も残すところあと僅か。
 来年は権利条約批准を新たなステップに、わたしたちきょうされんとしても、当面する第37次国会請願署名・募金運動をはじめ、障害のある人を主人公として、わが国の障害者制度改革や社会保障をまもり発展させる運動を多くの人たちや団体と手をつないで強力に推し進め、前進を築く年としたい。
関連記事
とくい

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