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感謝の気持ちをうまく伝えたい 
今回は出勤直後、
重度の自閉症のトノさん相手にした際、
私の行動を残念に思ったことの話です。

まずは前日、
仲間トノさんのご両親が
『福岡市の障がい者プラン・差別禁止条例を考えるつどい』
に参加され陶友を訪れた際に
(トノさんのご両親はとても勉強熱心な方で
よく様々な事に当事者として参加されています)

新生児用の靴下をキーホルダー代わりにリメイクされていて
「あっという間に大きくなって使わなくなったから。
でもすてきでしょ。」
と言われながらみせていただいた際に、

「かわいい!!!とってもかわいいですね」
と連呼してしまい
ちょっとした?(かなり?)催促してしまった様で
いただける事になりました。

翌日・・・

トノさんが、出勤してきた私を見つけ
突然、「かくさん」といいながら
私ををよびとめ、

振り向くと、
再度

「かくさん」と言って
お辞儀をしながら封筒を差し出してくれました。

とっさに私は何のことか分からず、
「私にですか?」と聞くと私の目を見ながら
「かくさん!!」と言って封筒を手渡し、うけとると
ぴゅーっとその場を去っていってしまいました。

受け取った封筒の手触りでやっと靴下だと思った私は、
あわてて「トノさん。ありがとうございます。」
というと、振り返ってお辞儀をしていて、

しまった!!
トノさんには、
お礼を言ってください。
と言っていると認識されたのではないかと思い、
自分のとった行動を残念に思いました。

私は、そのときその場で
自然にでた嬉しい表情で「ありがとう」といえば、
自閉症のトノさんにも分かりやすく感謝の気持ちを表せたのに!と思い
次回はぴゅーっと去っていくトノさんを
ぴゅーっと追いかけてお礼を言えたらと思いました。
(追いかけられる事が苦手な自閉症の方もいますが、トノさんは大丈夫のようです)

その後、感謝の気持ちが伝えたくて
頂いた封筒から靴下を出してみて
「ありがとうございます。」ともう一度言ってみましたが、

トノさんの返事は、封筒を見つめながら
「いらない」と答えていました。

トノさんはその後封筒を返すと思っていたようです。

一見ちぐはぐな会話です。
意思疎通は出来ていないようにもとれそうです。
私の行動も反省する点がありました。

けれど、ベストではないにしても
障害が重く、人とのコミュニケーションが苦手なトノさんですが、
人の気持ちを読むことを周囲の暖かさによって身についているので、
少しは伝わっているはず・・と思うやり取りでもありました。

私はいつも支援という一見対等ではないように思われる
言葉で仕事をしがちです。
支援は確かにプロとして働いている中での行為ではありますが、

私たちは支援員という社会的な立場であれ、一人の人間。
仕事以上に個人として個の人間同士として
出来る限りの意思疎通をしたい、
自分の気持ちを伝えたいと思っています。

私は、特に感謝の気持ちにおいて
相手に十分に伝えられていないと苦手意識があるので、

日々、あ~こんなに嬉しかったのに
わかりにくかったかな・・・
今度はこうすればよいかもしれない・・・
と繰り返しているうちに
仕事を通して個の人間として成長していければと考えています。

今回も、コミュニケーションや、障害、支援、仕事
様々なキーワードがある出来事でしたが、
仲間と一緒に
人として少し成長できた出来事だったと思いブログに書いてみました。

毎日なにかしら私にとって刺激的な陶友の日々の中の一幕でした。
(かく)
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被災地支援では見えなかった現実 
  東日本大震災6か月 特集番組

 これはNHKで放送された、被災した障がい者の現状を特集した番組名である。

 番組の冒頭で障がい者の死亡者数が健常者の倍に上るとあり、改めて社会的弱者だと感じた。災害時に障がい者の避難支援をする仕組み(制度)はあったものの、表面的なものであり当事者たちにはまったく伝わっていなかったのが現状だ。これが障がい者の死亡者数を増加させた原因の一つである。支援制度があることは大前提だが、認知や普及がなければ、あってないようなものである。なんのために作った対策なのか制度なのか、誰のためのものかをしっかり確認・明確にしなければそれは意味を持たない。その事実に、こういった震災でも起こらないと気づかないことが悲しくあり、制度を作って終わりの傾向に疑問を感じた。
そんな中、番組の内で「次にまた同じことが起これば、それこそ100%人災である。障がい者を正確に把握する必要があり、障害に合わせた対策とそれを実行することが何より求められる」というような発言があった。これを聞いて、支援に行った南相馬でのことが頭に浮かんだ。行政には、被災地に居る障害を持つ仲間に対して、二度とこのようなことを起こさないことが、誠実に問題と向き合うことだと思って行動して欲しいと感じた。また、もし同じような震災が福岡で起きたら、福祉職員として人として何をすべきか考えておく必要があると感じた。
 

【牡鹿地区の場合】
 被災地のほとんどの地区で障がい者に多くの犠牲が出た。しかし、在宅障がい者48人中46人もの命が助かった地区がある。それが牡鹿地区である。助かった理由は防災訓練にあった。さほど広い地区ではないものの、30以上の避難場所が用意されており、被災時に助かるか助からないかは時間との戦いということを徹底していたそうだ。
 そしてもう一つ、重要なのは地域の人たちの理解と繋がりである。いくら避難場所をたくさん設けても、そこにたどり着けないと意味はない。しかし、牡鹿地区では隣人が重度の障がい者を救っていた。近所付き合いがあるからこそ、あの家には誰が住んでいるのかが分かり、震災時という混乱する状況下でもたくさんの命が助かったのだ。このことからも地域での繋がりと取組がとても重要だと言える。


【仮設住宅について】
 仮設住宅には福祉的目線で建てられたものが少ない。今まで関心を持っていなかったことに気づかされた。仮設住宅への入居希望者にはいろんな人がいて、健常者がいれば同じように高齢者や障がい者もいるのである。そういった生活に困難を抱えた人を配慮した仮設住宅が必要になるのは当たり前のことだ。しかし、現実にはバリアフリーと言っているもののスロープのみ。そもそも障がい者(当事者)に対する視点がない。障がい者を持つ家族が家の中での生活に手一杯になり、他に手が回らず自立に向かえない現状もある。確かにいち早く(スピード)完成することは大事だが、誰が仮設住宅を必要としているかを見落としているのではないか。被災によって多くの人たちが困難に直面している中、被災者の中にも格差や困難の重さの違いが生まれていることに憤りを感じる。地域による復興格差という言葉まで…。阪神大震災の教訓などはないのだろうか…。


【作業所】
 復興の中なんとか再開するが、仕事が激減。行き場のない障がい者で利用者数の急増、頼れる場所がないからである。利用者が増えることで職員の負担の増大に繋がり、きめ細かい支援ができなくなる。なので、作業所の支援も継続的に行う必要がある。


【行政】
 障害を持つ人が家庭に1人とは限らない。そういった人への支援(当事者・家族)が不足し、個別の濃い支援が難しい。求めていることは何か、震災で福祉の問題が表面化したが、こういった問題は以前からあった。また、津波ではたくさんの物が流されたが、その中には福祉用具も多い。義足や車いす、生活必需品など幅広くある。そういった物のニーズにピンポイントで応えることが求められる。だが、行政だと浅く広くといった感があるためピンポイントで対応することが難しい。行政の手の届かないところへ地域のサポート、民間の支援を増やしていくことが求められる。
 復興するにあたって国民の意見が反映させること、これを守ってほしい。復興は新生、障がい者を置き去りにしない社会を作り上げたときに復興と言えるのではないか。



 この番組を観て、改めて障がい者の置かれている立場や社会のなかで何を大切にするべきなのか、何が足りないのかが見えてきた。又、障がい者にとっての作業所の役割や存在の大きさも感じた。作業所はただ仕事をする以上の存在だということを感じたので、そういった目線も持ってまた日々の関わりを深めていきたい。
じきょう

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誰かを頼れる力 

「たなかさーん。ふみさん、身体の調子が悪いみたいよ。」

突然ホンチャンが言いました。



(たなか)『ほんとですか?』

(ホンチャン)「うん、今言いよったよ。」


さっきまで何食わぬ顔で作業していたのに・・・
担当職員なのに気付けなかった・・・という思いを胸にトイレから出てきた、ふみさんを呼び止めます。





(たなか)『ふみさんちょっといい?具合が悪いんですか?』
(ふみさん)「・・・うん、ちょっとね。でも大丈夫。」
ニコッと困ったように笑います。



(たなか)『具合が悪かったら、ちゃんと言ってくださいね。』

(ふみさん)「・・・うん。具合が悪いって言ったら帰らないといけないと思って。そんなこと言っちゃいけんとかな・・・と思って」



これは、ふみさんのいつものセリフです。
いつも、どこでも、具合が悪くても我慢してやり過ごし、具合が悪いことは言わないのです。
「迷惑がかかるから」といいます。


そのたび「職員や家族には、具合が悪かったりしたらちゃんと言ってください。誰も迷惑なんて思わないし、言ってくれたほうがいいんですよ。我慢してもっと悪くなったら大変だから。」と話します。
ふみさんはそのたびにニコッと困ったように笑います。

でも、毎回ふみさんは我慢するのです。






陶友で一番大事なこと。





仕事も大事、社会人として生きることも大事。




でも1番大事なことは、「誰かに“助けて”といえること」




人は1人では生きていけません。
互いに支えあって生きていきます。

仲間たちにとっても、それは同じです。
1人でできないことも、誰かと一緒だったらできるようになるかもしれない。
おなかが痛いときはさすってくれたり、見守ってくれる人がいると心強いと思います。


ふみさんは今まで、障害があるがゆえに我慢したことや、言いたいことを言えなかったかもしれません。
苦しくてもグッと堪えたこともあるかもしれません。



でも、つらいときに「助けて。」と誰かに言えたら、少し楽になって、より生きやすくなるかもしれません。
言いたいことや、思いを伝えることは、生きる上で大きな力になると思うのです。



皆がそうやって生きられれば、世の中もっと支えあって生きていけるのにな・・・とも思います。



「たなかさん、おなかが痛いの。少し休んでもいいかしら?」
といつか(「帰らされる」とか思わずに)言えるようになったらうれしいな・・・と思う私です。
(「“陶友”が具合が悪くてもいたい場所」という見方であれば、そこまでいうくらい大事な場所ができたのだな・・・とそれはそれで嬉しいのですが笑)

たなか

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“普段”が変わる!?職場体験 
今週火曜日から木曜日までの3日間
「職場体験実習」ということで、近隣の中学校から
2人の中学生が、陶友に実習に来ていました。

2人とも、中学校の特別学級に通っている子です。
言語によるコミュニケーション(受け答え)は可能ですが、
知的障害の程度としては中程度のようでした。

1人の子は、3日間とも食品班にて実習。
初日はリヤカー準備・販売を、先輩である仲間たちと務めました。
仕事に取り組む姿勢にやる気は十分感じられるのですが、
興奮と不安感からなのでしょうか、
初日から仲間や職員に質問の嵐です^^;

「○○さん!一緒にリヤカーの準備をしてもいいですか!?」
「いしばしさん!豆腐を持って行ってもいいですか!?」
・・・・・


仲間たちはみな、それに素直に正直に受け答えます。
私は、質問内容によっては情報の取捨選択をしつつ、
必要な情報は答えて伝えようと努めます。
仲間たちはそんな質問の嵐に、
戸惑ったりちょっと嫌になったり・・・

それでもかわいい中学生の子たちに、
「普段慌てたり怒ったりふざけてしまったり、
という姿は見せまい!」

「かっこいい、仕事ができる先輩の姿を見せたい!」
・・・と思ったかどうかは定かではありませんが、
(いや!思っててほしい!)
仲間たちがそれぞれ、
中学生を、そしてお互いをフォローしながら
いつも以上に落ち着いて
一日作業に取り組んでいました。w゜o゜w

特に、カゴサン。

彼は、普段は温和でお調子者、とても面倒見の良いおじさん。
でもほぼ毎週の公休日明けはそんな穏やかな面が崩れることがあり、
その日のリヤカーが出発するまで
「(リヤカー販売に)さっさと出るぞ!」
(“準備が遅い”とイライラする。
でも工程時間としてはいつも通りだが・・・)
「○○さん!ちゃんと人の言うたこと守ってくれな困る!」
と気が荒れ、暴言が出たり、
ひどい時には自傷(自分の手を噛んだり、柱に頭突きしたり)
が起こることも。

その原因の一つは、カゴサンの週末の過ごし方。
これまでずっと、親御さんや兄弟たちから自分の存在価値を
理解し認めてもらえない家庭環境の中、育ってきたカゴサン。
友人をたくさん作ったり遊びに出かけるという時間も、
家事や親御さんの介護でほとんどないようです。
週末を、そんなお家で過ごしたことによるストレスが一気に溜まり、
陶友に来て、リヤカーで懇意にしているお客さんと関わることで
自分を解放させ、自分の存在意義を再認識します。
そして、いつものカゴサンに元戻り☆
・・・というサイクルが珍しくないのですが、

そんなふうに気が荒れたり、
「おれが主役!」と出しゃばりたがることが多い
公休日明けの日。

しかし職場体験初日のカゴサンは、
朝の陶友内でのリヤカー準備から最後の終礼まで
始終、一歩引いた落ち着いた姿でした。

リヤカー販売中も矢継ぎ早に質問を投げかける学生さんに、
冷静に穏やかに指導を行います。

「○○くん、
豆腐(お客さんに渡す時)は両手で持つんよ~」


(次は道を曲がるか?どこに行くのか?という質問に、)
「次は右に曲がります、××さんち。^^」

「ビニール袋は、
お客さんや職員が“いる”って言うたときにね(言った時に使ってね)」


文字なのでニュアンスは伝わらないですが^^;

でも明らかに、仲間たちだけの販売時とは違った、
「教え育てる立場としての穏やかさ」でした。

そして私自身、
休み明けのタイミングでこんなカゴサンを見られたのは
初めてに等しく・・・
とても珍しく、また心が温かくなる光景でした。

右も左も分からない、はじめての仕事を体験する子と過ごすと、
仲間たちの様子や取り組み方ってこんなに変わるんだ・・・
広く言えば、
人の力で、仲間たちは自主的にこんなに変わるんだ!
という事実を目の当たりにできました。


障害がある人たちの
“発達の可能性”というものをずっと諦めきれない私に、
更なる希望を感じさせてくれた3日間☆


「何か少しでも、日々の支援に生かせればいいなあ・・・」
と心底思いつつ、
職場体験が終わり、いつもの日常に戻った食品班で
いつも通りに奮闘するいしばしでした^^;


テーマ:福祉のお仕事 - ジャンル:福祉・ボランティア

いしばし

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被災患者を知った日。 
先週、月一の定期検診にかかりつけの内科に行ったときの事です。


ながーい診察までの待ち時間、何か読み物でも・・・と思い周りを見渡してみると、近くに糖尿病に関する情報誌が。
(日本糖尿病協会が月1回発行している、
糖尿病生活を楽しく送るためのノウハウが載っている雑誌です)

表紙の記事見出しを注目すると、

「災害時の糖尿病医療~東日本大震災をうけて」

職業がら被災した障害者に関しての情報を得たり知ろうとする機会は多くとも、被災した糖尿病患者に関して、正直、意識していませんでした・・
そんな自分、見出しを見て「読まなければ!」という衝動に駆られ、
手に取って読んでみました。

内容としては、(大まかですが・・・)

・患者が重症化しないために、対応できる医療機関や治療薬の確保を国レベルで取り組むよう、震災直後から関係団体が国に強く働きかけていたこと
(災害時の国との連携について)
・それでも震災直後すぐには、それらを万全に行き渡らせることが難しかったこと
(今回の震災対策の課題等)
・今回、特にI型糖尿病患者の災害直後による治療不可能な状態を避けるため、糖尿病協会・糖尿病学会等で全力を挙げて取り組んだこと
(注射薬の確保等、評価点)

これらの内容についてのシンポジウムの様子が、
4ページにわたって掲載されていました。
糖尿病協会や学会、製薬会社関係者など5名ほどのシンポジストの方々のうち、お二方が
震災後、まず被災地のI型糖尿病患者のことが気にかかった
と、真っ先に話されていました。

その理由なのですが・・・

I型糖尿病・・・自己免疫が膵臓のインスリンを出す細胞を破壊し、
インスリンが全く出なくなる(原因は不明で、発症に生活習慣の良し悪しは関係しない)
II型糖尿病・・・生活習慣によって膵臓を酷使したり疲弊させたため、
インスリンの分泌量が減る。しかし多かれ少なかれインスリンは出ている
その他の型の糖尿病も、発病に至る何らかの原因があり、膵臓からの
インスリン分泌が少なかったり極端に減ることで糖尿病の診断が出る

という分類のなか、
投薬しないと確実に死のリスクが高くなるのはI型だからなのです。
1日中全く注射をしなければ、早くとも2~3日、遅くとも1週間以内には過度の血糖値上昇で死亡してしまいます。

しかし実際には、糖尿病協会・学会等の方々による迅速な働きかけのおかげで、患者の皆さんへの影響はほとんど無かったようです。
(本当に何よりです・・・)


そのあとの管理栄養士の方との栄養指導の時にも、この話題に触れました。

「やはり注射薬のストックは必要で、何か起きた時にすぐ持ち出せる場所に置いてたほうがいい」
(ただ、この薬価格が高いので、ストックできるほど貰えてないのが
現状ですが・・・;_;)
「今回の震災支援で届いた食糧の中には即席のカップ麺も多かったようで、これでは塩分の摂りすぎになるし栄養も偏る。常備できるレトルトや缶詰ものもあったほうがいいわね」

日常的に血糖値が高く尿糖が出やすい糖尿病の人は、それだけ血中の老廃物を濾しだす腎臓にも負担をかけているため、腎臓にも障害が起きやすい。
そんな状態で今回の震災、糖尿病の人たちにとって、やはりカップラーメンばかりの生活を強いられるのはかなり辛いんじゃないかな・・・と感じます。
でも一方で、いざ目の当たりにすれば
「生き残れただけ幸せなんだから、無理は言えない・・・」
と思ってしまいそうな自分。。。


いつもは何気なく受診で待ち合うひと時も、
今回は違い、いろいろと考えさせられました。
自分自身にも深く関係する今回被災した患者さんの事も、
あまりに知らなすぎたし、
それ以前にあまりにも無関心だった自分を恥じてしまいました。
こんな大きな災害に、自分も遭うかもしれないし遭わないかもしれない。
でもどうであれ、知って、身近に考え備えることが、
自分も周りの人たちも救うことに繋がるはずです。

(そして、そんな行動が仲間たちの支援にも繋がっていくはず!)

もっと身近にアンテナを伸ばし、
もっと知ることに貪欲にならなければ!!
と感じる今日この頃です。^-^;



テーマ:考えさせられた事 - ジャンル:福祉・ボランティア

いしばし

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きょうされん学習会レポート 
 

 きょうされん主催の学習会があった。県内の各作業所などから総勢200名以上が参加し、過去最多だった。学習会ではまず、きょうされんの現在の取り組みや情勢についての報告、和歌山の某法人から招いた講師の方の話を聞いた。情勢は障害者自立支援法から新法への流れや、東北での被災地支援活動についてだった。その後分科会に分かれての講義だった。一年目ということで新人分科会に参加した。

〈新人分科会一日目〉
分科会では新人研修に参加した。お互いのタコ紹介をした後、某施設所長に講師をして頂いてきょうされんの歴史について講義を受けた。タコ紹介に時間が掛かり、小一時間程しか時間がなく用意されていた資料の話を少ししか聞けなかった。だが、その話の中で講師の方が福島への被災地支援に行った際に出会った若者の話があった。

・自分と同じ20代の方たちの話だったのだが、その行動力に驚かされた。ある男性の方は、作業所が被害に遭い行き場のない仲間たちがいた。そんな仲間のために自分で通える場を作っていた。
・ある女性支援員の方は、既婚で小さな子どもがいた。周りの同じような年齢の子どもを抱える家族は放射能の影響を考え避難していた。自分も子どもと避難すべきか、しかし、そうすると目の前にいる仲間はどうなるのかという葛藤の中支援を続けていた。

この話を聞いて、同じ20代として尊敬の気持ちと自分も負けないように頑張らなくてはと感じた。自分も被災地に行き実際に現場を見たからこそ、彼らの決断は簡単なものではないと感じる。ただ、行動することに年齢は関係ないことも痛感した。自分と彼らの置かれた状況とは異なるものの、決断や判断をしっかり行ない責任を持って仕事をしていきたいと感じた。

〈新人分科会二日目〉
二日目はグループワークを行なった。「理想の作業所とは」というテーマで、家族にとって、職員にとって、仲間にとって、地域にとって、社会にとっての5つの視点から考えていった。年齢、経歴などがみんな異なっているため様々な意見がでた。自分では考え付かないような意見もあり、とても新鮮な時間だった。そこで出た理想の作業所像はとても良いものだった。みんな新人なので現実が見えていない意見というのもあるのかもしれないが、理想は自由で、それを目指すことは大切なことだと思う。その上で現実を知り壁にぶつかりながら成長していきたいと思う。また、他事業所の職員と関わることで学習だったり横の繋がりを深めていけたらと感じた。
じきょう

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陶友通信NO.129をアップしました。 
 日中の猛暑にもかかわらず、朝夕はしのぎやすくなりました。
台風は、福岡からそれましたが、その進路では被害が広がっているようです。
お見舞い申し上げます。

     新参らんちゅう4091

 さて、陶友通信 NO.129(2011年8月号)(PDFファイル)を、アップしました。
一面トップにでしゃばりました。お見苦しくてすみません。
自閉症のトノがあんまりにもいい表情なので、見て欲しくて。私は引き立て役ということで・・・。仲間たちとの集団行動にもだいぶ慣れ、楽しめるようになってきたようで、何よりです。

     陶友通信no.129

・仲間たちの笑顔をとりもどそう (被災障害者支援ボランティア報告)
・ちょっと一息入れながら 色んな顔を見せる仲間たち・・・厨房発
・人は家を作るが 又、家は人をつくる 
・仲間の会話に考えさせられた 生活保護
・働く仲間
・作業班の近況
など。

 ちょっと、盛りだくさんですが、いくつかの記事を紹介します。

被災障害者支援ボランティア報告
  仲間たちの笑顔を取り戻そう


 七月初頭の一週間、被災地の障害者支援ボランティアに行ってきました。場所は福島県南相馬市内の障害者施設。震災から四ヶ月経った今でも、施設運営はきびしい状況にあります。

 当初、南相馬は思っていたより震災の爪痕が見えませんでした。マスクや長袖で放射線を気にしている人も思いのほか少ないことにギャップを感じました。
 しかし、海岸から二~三キロ内に入っていくと「被災地」を実感。全壊した家、二階だけが残っている家、ガラクタのようにペシャンコな車、田畑に横たわる漁船、津波で施設が壊れ運転停止中の火力発電所、そして、海岸から二キロ離れているにも関わらず多くの犠牲者が出た特別養護老人ホーム…。  
その圧倒的な光景に言葉が出ませんでした。こうした大震災を体験した障害者たちのことを考えると、改めて自分に出来ることをしっかりやらなければと感じました。

 支援初日、利用者たちは明るく、一見すると職員が足りないと感じる場面もさほどありませんでした。しかし、施設長さんに話を伺うと現状が分かりました。実際にはギリギリの職員配置で、日が経つにつれ職員の手が足りない部分が見えてきました。支援チームで話し合い、職員が利用者と関わる時間をつくるために、掃除から物資の運搬など、職員の手が回らないことや力仕事も代わりに行なうように努めました。

 また、震災の恐怖から笑顔の消えた利用者が多くいました。徐々に笑顔が戻ってきているが、ふとした瞬間に震災を思い出しパニックになるとのことでした。施設長さんは作業(さをり織りなど)をすることも大事だけれども、笑顔を取り戻すことが今一番必要だと仰っていました。ボランティアが積極的に関わることで、笑顔を見せてくれる利用者もおり、これも大切な支援だと感じました。

 被災障害者はまだまだ困難な状況にいますが、日々を精一杯過ごしています。被災地での支援は終わりましたが、これからどういった形で支援を続けていくかが本当に大切なことだと感じています。(じきょう)

     tuusinn4088
     正直と言うか、率直というか・・・はたまた…!


仲間の会話から
  生活保護について考える


~ある日の販売会のふとした会話の中から・・・
(小西)「生活保護もらったら、年金はもらえんと?」
私は2週間前に生活保護の学習会に出ていたこともあり受け売りで「年金はもらえるけれど、生活保護の金額から年金額が引かれた分が支給されるんですよ。」と教えました。
(小西)「そんなら少なくなるねー。生活できんとやない?」
すると、それまで黙っていた有馬さんが
(有馬)「お金(貯金)があったらダメっちゃん。・・・年金もねー、お金ためとったら減らされるとよ。みんな元々お金ないけど、そこから貯めとうんよ。ツッ君とこも伊佐治さんのとこもよ。みんなないところから貯めるっちゃん。なのにダメって言われる・・・お父さんとかお母さんがおらんくなったら困るっちゃん。」
不安・・・?と聞くと、
「・・・ん・・・不安。でもね、不安もわからん仲間もおるとよ・・・」

 ひかり法人内でも生活保護を受けながら生活をしている仲間がいます。学習会でもたくさんの疑問や問題点がわかりましたが、仲間の話を聞くことで、より身近な大きな問題として感じられました。
・政府は、生活保護は自立するための「一時的な援助」という。しかし、働こうと思っても健常者と同じようには働けない彼らは、どうすればいいのですか。
・自分の将来のために貯金をたくさん蓄えていくこともできない。その日暮らしの生活保護でいいのでしょうか。
・何とかやりくりして、我が子のために貯金をしている家庭もたくさんあります。それなのに「貯金できるくらい余裕がある。」という解釈で年金額を減らしたり・・・
生活保護にしても、自立支援法にしても、社会の迷惑にならないことが大前提!!
支援を必要としている“その人”を見ない社会の在り方に怒りを感じています。(たなか)

ちょっと一息入れながら 
色んな顔を見せる仲間たち・・・厨房発


 四月から食品班の支援員から、調理を担当することになりました岡本です。的場さんや後藤さんなど歴代の調理員さんのようにできるか不安はありましたが、自分自身に勢いをつけて調理に臨むことにしました。
 最初は調理だけで精一杯でしたが(まあ今もそうなのですが)、、今まで見えなかった仲間の姿も少しずつ見えるようになりました。

 例えば、…「ねえ聞いて聞いて」といわんばかりに日々の出来事を報告に来る仲間。「今日は何?」と興味津々メニューを確認に来る仲間。「今日は一人なの?大変ね」と心配してくれる仲間。ボランティアさんにお茶を出してくれる仲間(「出さんと岡本さんに怒られるもんね」と言いながら・・・)。ボランティアさんに必ず挨拶してしかっり自分をアピールする仲間。リヤカー前に「行ってきます。全部売ってくるね!」と気合を入れていく仲間。

 確かにここは仕事中、仲間がちょっと一息入れに来る場所だなとしみじみ感じています。ボランティアさん達も「ここくらいでしか『好きです!』なんていってもらえないものね」「好きですなんて何年ぶりに言われたかしら!」「可愛いなんておじいちゃん以外にはここでしかいわれたことないです」と、笑いながらもちょっといい気持ちに。
 
 以前からのボランティアさんが諸事情でで少なくなり、私のつてで何人か新しいボランティアさんに入ってもらっていますが、皆さん「楽しかった」「また声かけてね」と笑顔で帰っていかれます。勿論仲間のいい面だけでなくいざこざが起こることもありますが、そういう面もひっくるめた仲間の姿を理解してもらえたら。また、自立支援法でどれだけ障害者や障害者をとりまく環境が悪くなったかを少しでも知って貰えたらとの思いもあり、「月に一回ボランティアしない?」と声を掛けています。
  
 今年も暑い日々が続きます。食欲が落ちる仲間もいます。なるだけ残すことが無い様、一人ひとりの体調に合わせて量を調節しています。6月の研修では食中毒、咀嚼や嚥下、免疫力の話を聞き、これからの調理にいかしていければ、と思います。これからも仲間のちょっとした立ち寄り場所になれるよう、また、微力ながら仲間の健康面の支援になれるよう勉強していきたいと思います。


その他、作業班の近況など。

食品班は相変わらず、どんなに暑くても「お客さんが待ってくれている!」と笑顔でリヤカー販売に出かけています。そんな姿に感動し、「元気をもらっています。仲間の為に使ってください。」と寄付金を持って笑顔でお店に来られた方もいらっしゃって、夏の打ち上げで行ったバーベキューに使わせて頂きました。他には、手作りのスポーツドリンクを凍らして持って行くなど猛暑対策を強化しています。これが素材から想像できる味そのままなのですが、仲間には何故かとても好評。作り方は『水2リットルに、砂糖 大さじ6・りんご酢 中さじ4・塩小さじ2の分量で溶かすだけ』です。今日も明日も働ける喜びを感じながら頑張っていますので、応援よろしくお願いします。(かく)

コラム 鬼瓦
鬼瓦。和の家の棟の端、雨仕舞いに取り付けられた装飾瓦で、厄除けの意味があるそうだ。古くはシリアのパルミラの入り口に、ギリシャ神話の怪物メドーサを飾り付けていたものが、シルクロードを越え中国を経て、奈良時代に普及したとか。●7月末、障害者基本法が全会一致で改正。現行法よりマシとは言え、当事者からすれば、権利保障を「可能な限り」としたり、「合理的配慮」をしないのは明確な差別だ(障害者権利条約)とちきちんと規定できなかったり…、不十分さを残すものです。●次は障害者自立支援法の廃止と総合福祉法の制定、権利条約の水準にふさわしい内容作りへ。将に運動にかかってきています。障害者分野は半歩前進でしょうか?●しかし、生活保護を3~5年で打ち切り、医療費の負担も導入しようとしたり、「子ども・子育て新システム」導入で保育の完全市場化も…。民主党政権で社会保障・福祉は後退の一途です。将に弱者には”厄“そのもの。●現代の家から消え去る鬼瓦。今こそ、陶友は仲間たちにとって鬼瓦にならなければと…強く思います。ということでこのコラムはこれから「鬼瓦」に決めました。

編集後記
私がいないと作業所の雰囲気が変わるという。「どうせ俺なんて怖いだけの存在よ」と、いじけたり、「怖いやつも必要なのだ」と開き直ったり。そこで「優しいぞ!」というアリバイ写真が一面トップです(笑)。●大震災から半年になろうとしていますが今だ復興には程遠い。被災障害者への全国的支援活動は続いています。心を寄せながら、ともに頑張りたいと思います。●次号は陶友祭のご案内を早めにと思っています。残暑が続きます。皆さんご自愛ください。
鬼瓦

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きょうされんの研修にいってきました。 
去る8月20~21日柳川できょうされんの研修会がありました。
今回はその報告です。

私は陶友で働き始めて2年目ですが、
基本を押さえようとあえて新人研修に参加しました。
(新人研修対象者は3年以内程度。今回は大半が1年目の方でした)
全体の流れは、

1日目
記念講演
分科会(新人研修)
交流会(夕飯を食べながらの交流会)

2日目
分科会
全体会
閉会式でした。

今回は、その中の新人研修の分科会を中心に書こうと思っています。

1日目の分科会は他己紹介を行いました
これは、数名が1組になって(今回の場合は2人1組)相手の話を聞きだし、
相手の紹介をするというもので、

『初めての相手をいかに知るか』という実践の練習でした。

私達支援員は、仕事の上で、
いかに相手を知るかという事はとても重要なスキルであり、

日々、会話の中から、相手は何の意図があって何が言いたいかを常に模索しています。

しかし私は、とても相手の話を聞くことが苦手で、
つい、「私が!私が!」になってしまい、聞くことが苦手で、なかなか実践がうまくいかないと自覚しているだけに、周囲の観察をしながらの実践となりました。

ここで面白かったのは、
女性は生活に密着(休日の過ごし方など)
男性は趣味(スポーツ・車)などが話題の中心でした。

また、私生活で、コミュニケーションのネタとして
最もポピュラーな血液型の話は一組も出ておらず、
仕事としての会話を日々行っている為か、
相手が大けがすることが想定されていない為か、
医学的な意味としての血液型の確認すらなく
現実的で事実確認的な会話が多かったのだろうと推測しました。

それにしても、見ず知らずの人と、距離を測りながら相手の事を知るというのは
難しいもので、どの程度踏み込んでよいのか・・・
しかも設定もなく(例えば、支援者と家族など)特に知りたい情報もない状態というのは、かなり困りましたが、
全体的に、少しずつ進む会話の中で
お互いの共通点等を知り、
徐々に話を広げられたところで、時間になるという状況でした。

2日目は

理想の作業所について5つの項目に分けて
6~7人程度の小グループに分かれディスカッションしました。
途中様々な話も出ましたが、私たちのグループは、

仲間
それぞれの仲間にあった居場所の提供ニーズに応じてステップアップできる。
話ができる・ふれあえる。「自分が出せる」場であるということ

職員
職員の間での情報の共有がしやすい
(ディスカッションしやすい)
作業所同士も知り合える作業所

家族
家族が思いを発信できる。
仲間の思いを家族に伝え、各々の思いの調整
思いに沿った支援を行う

地域
販売などを通して地域の人たちとかかわりを増やす
オープンな作業所になればみんなに愛される作業所であるという事

社会
仲間が作った商品・食品が
地域のブランドになれば、
主体的に地域の発展につなげられるのではないか。
経済にも影響を与えられる作業所
(仲間の就職の際のアピールにもなるのではないか)

というまとめになりました。
話の中で、私は、この理想に陶友がどこまであてはまっているか、
または、それに向かって職員がどう働いているかを考えました。

ディスカッションの中では、
作業所は、地域から隔離され、
周囲から見ると特別な場所という感覚であり、
実習生・家族が
まれに訪れるだけで、
外部からの来客は極端に少なく、
それが障害者を特別な存在にしている一因ではないか、
どうすればよいか困っている。
しかし、必要なことだとは分かっているが、
いざ、外部の方が来られた時は、どうしてよいかもわからない。
仲間と過ごす日々の忙しさに時間的な余裕もないという話になりました。

そこで、短い時間でしたが陶友における、絆を結ぶための実践の一部として、
陶友応援団ゆうゆうの話や、
親の会、地域の子ども会の陶芸教室を行っていると話すと、
とても関心をもたれていました。

今回は5項目あり、
短い時間で効率よくディスカッションを行いましたが、
このような機会がまたあれば、
今度はぜひ深く
1つの項目に対し
各作業所がどのような考えで、
どの様な実践を行っているかが話し合えればと思いました。

余談ですが、
郭:入浴で他の作業所の職員さんと裸の付き合いをし、電話番号の交換をする
田中:1日目の夕飯を食べながらの交流会で、陶友代表として出し物にかりだされ、
ステージでぐるぐるバットをする
(立てたバットを中心に
バットの端に額をあてて中腰の状態で回転し、
目が回った状態で少し離れた場所に物を取りに行く)
治京:新人研修で、小グループ内の代表で発表し、
陶友の株を落とさずに笑いを取る
石橋:顔が広く一部の職員と同窓会状態

となり、それぞれ、研修の直接的な学び以外でも楽しい研修会となりました。
かく

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