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「声かけ」という指導・援助と知的障害 
 一度身についた生活習慣を変えることは難しいものですね。

 トノにまつわる話です。
トイレにすわりズボンを膝下までおろし用を足す。終わってからズボンを上げるのですが、いつどのタイミングで上げるか。

 「近所のコンビニで、ズボンを上げないうちにトイレから出てきていた」と、たまたま出勤時に見かけた職員の報告があった。コンビニにとっては、トイレを使うだけの迷惑な人かもしれないな。そういうふうに見られると本人達にとっては、益々生きづらい世の中になってしまうのである。理解と配慮をお願いしつつも、こちらも変わる可能性に挑戦しなければ、理解は得られないでしょうね。

 この間も、トイレから出てくるたびに声かけはしてきたし、家庭でもよく言い聞かせていると言う。

 陶友ではトイレから出て洗面所、靴置き場と、二区画、約3メートルの距離がある。普通我々が見かけるのは靴置き場の暖簾をくぐって出てくるところである。
 その時、トノはやっとズボンをずり上げてベルトを締めようとするところである。

 しかし、コンビニのトイレは、直で見えるところに出てしまう。

 「声かけ」で変わることが出来れば世話無いのだ。
実践の中で、よく「声かけをする」と言う。私は、「無駄な声かけをするな、相手が混乱するだけだ。状況と結びつけたシンプルでわかりやすい声かけを」といつも言っている。相手の、知的障害の特性をよく知って対応を、と。

 その後よく観察すると陶友でも、トイレからはそのままで出てきて、それからズボンを上げて・・・である。
つまり、本人にとってはどこでもお決まりの習慣でやっているのだ。

 どうしたらいいんだ?
陶友での場合、出てきた後でモゾモゾしている時に言い聞かせても、本人には伝わらないだろう。重い知的な障害がある場合、言語の意味が、そこまで自分の行動を変容させえるほどの力を持っては取りこまれないだろう。しかも、行動パターンの変化を最も嫌う自閉症である。

 ここ三日ほど、彼がトイレに入ったとわかったら、そのドアの前に立つことにしている。
ドアを開けると、
「ヤバイ!オオワキサンだ!」(多分ね、笑)
と、とっさにドアを閉めて身づくろいしてから出てくるようになった。そして今日は、2回ともトイレの中で身づくろいをほぼ終わり出てきた。(私が外にいることは気づかれないようにしている)

 まあ、陶友においてはこのやり方で、一応の改善は見込めるかもしれない。しかし、どこでも、「トイレに入ったらこうする」という一般化は、それだけでは難しいように思える。

 次の手を考えなければ・・・。
「ヤバイ、オオワキサン」だけでなく、他の職員にも立って見てもらう。家庭の便所でも同じようにしてもらう・・・、だんだん「オオワキ!」という要素が意味を持たなくなり、残された「トイレの中で身づくろいする」という行為が一般化していく・・・。

 解るかな?
「トイレの中で身ずくろいする」--「オオワキ」
「トイレの中で身ずくろいする」ーーーじきょう
「トイレの中で身ずくろいする」ーーーたなか
「トイレの中で身ずくろいする」ーーーヒロシさん
「トイレの中で身ずくろいする」ーーー他の仲間
「トイレの中で身ずくろいする」ーーー・・・・

こういう経験をしながら、「オオワキ」とか「じきょう」とか・・・こんな要素は付属的なものになっていき、「トイレの中で身ずくろいする」ということが、トノの中で優位な存在を占める・・・と、思うわけよ。これが「一般化」という意味。

ま、やってみないと解らんな。これが現場の面白さ。答えは、よく観察し考え、見通しを立てた実践の中から探す。ダメなら、また検証し、組み立てなおして実践を発展させる。

 何てこと無い単純な日常のことでも、習慣を変えるというのは結構難しいものである。
障害のあるなしに関わらず、皆さんも心当たりあるでしょう(笑)。


 ★追記:「その場で教えてほしいのです。」 へ続く。
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テーマ:障害者作業所 - ジャンル:日記

鬼瓦

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