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仲間の自立と就労支援~職員向けセミナーに参加して~ 
ご無沙汰してしまっています;;食品班の石橋です。
とても暑い日が続きますが、皆さん体調など崩されていないでしょうか?

去る7月22日、福岡市天神でヤマト福祉財団主催「障がい者の働く場パワーアップフォーラム」という、障害者作業所職員向けの研修会があり、我が陶友の職員3名で参加してまいりました!
ほぼ毎年開催されるこの研修会は、主に“障害のある仲間たちの工賃アップの実現”を軸に、「職員として何をどのように取り組めばいいのか」を考えさせてくれるセミナーです。
そのセミナーの様子をレポートとして報告させていただきます☆


1.基調講演・・・ヤマト福祉財団理事長による
「稼げる作業所への道―しくみや組織を変えると考え方や行動が変わる―」


講演は、まずはヤマト福祉財団の紹介から。
今回のフォーラムを主催したヤマト福祉財団は、皆さんもご存知のヤマト運輸(株)が母体です。
(恥ずかしながら、今回のフォーラムに参加するまで知りませんでした・・・。)
クロネコヤマトの「宅急便」を開発、成功させた当時の社長・小倉昌男氏が、社長・会長と歴任後それを退く際に、個人資産の半分を寄付し作られた財団だそうです。
(2.以降に出てくる「小倉昌男賞」のネーミングは、その功労を称えたことが由来です。)
このヤマト福祉財団は、「福祉」と付いてはいますが、「障害者の自立と社会参加」の活動のみに一点集中して支援(障害者の仕事場(パン屋)創設やメール便配達による雇用創出、民間作業所への助成・職員の育成研修、障害者への奨学金事業等)をしています。
それも、ヤマトグループが企業理念の一つに「障がいのある方の自立支援」を掲げていることによるものとのこと。
(なぜ「障害者」に重きを置かれているのか、その所以は知られず仕舞いでした・・・。)

そしてお話は、表題にもある「仕組みや組織を変え、意識や行動を変えていく」についての内容に。
理事長によるこのお話は、実際にヤマト運輸の企業の実践を踏まえたものでした。
売上増→工賃増を目指すために・・・
①まず、思い切って仕組みや組織に目を向け、変えてみる。
(これは、ヤマト運輸が当時、それまで行っていた大口輸送(大企業→大企業)の需要が伸び悩み、小口輸送(個人→個人)に目を向け結果成功に至った実例を元に)
②職員のマインド(意識)が変わる。
③職員の行動が変わる
(ヤマトでは、営業所や社員の評価をわかりやすく数値化し全営業所へ通知する仕組みにしたことで、従業員のしっかりせねば!という意欲向上に繋がっているとのこと)
④結果が変わる。
・・・という流れで、職員が一丸となって行動を起こし取り組んでいくことが重要とのことでした。
これらを実践し実際に売上・工賃共に増加した各地の作業所紹介をしつつ、理事長は「地域に多く存在する大体の作業所は、競争力は強いのに、仕組みの変革・意欲・工夫が足らないんです」と厳しく評価。
加えて「『福祉的就労だからこの程度で・・・』は絶対タブー。また身内や顔見知りだけで繋がっても、初めはもつかも知れないがすぐに飽きられます。」と、広く多角的な視点をしっかり持ち顧客の繋がりを強いものにしていくことが大切だ、とも語られていました。


2.小倉昌男賞受賞者講演「売れる商品やサービスを生み出すしくみ」

講師は、東京・武蔵野市にある作業所の施設長の方。
この施設では現在、ダイレクトメール封入発送作業を主要業務として利用者1人あたり7.5万円の工賃を実現しているそうです。
取引先は主に一般企業ということもあり、「出来ばえはもちろん、納期を厳守することが重要。経済活動は結果がすべてです」としきりに申されていました。そこでこの施設の職員はみな、施設内では利用者の支援、外(取引先や訪問先)では業者としての営業業務に携わっているとのことで、日々二つの顔を持ち働いているということでした。
また、「一般企業に親との連絡帳なんて無い」と、今まで行っていた家庭との連絡帳交換や家族会の運営をやめ“利用者と親御さんとの精神的分離”を促す等、施設内の改革(仕組みや組織を変える)を行うことも辞さなかったからこそ、今の売上高・工賃高が実現できたそうです。
そのような施設運営を伺う中で、利用者や職員の「はたらく」に関する考え方の中に・・・
・大変なこと、我慢したこと(ストレス)を乗り越えると成長する
・家族でもない、友人でもない第三者と関わることで成長する

私自身、この2つには率直に共感しました。
(自分が未だにできてないからかも知れないですが・・・。)


3.わかりやすい時流講座・・・きょうされん常務理事・藤井克徳氏による
「どう変わる障害者基本法、ポスト自立支援方のゆくえは」


障がい者制度改革推進会議の議長代理を務め、また著書「見えないけれど観えるもの」で有名なきょうされん理事・藤井さんによる、現在の我が国の障害者関連の情勢報告。
障害当事者と国による障害者自立支援法違憲訴訟に伴う基本合意に基づき進められている、障害者基本法の改正や総合福祉法の制定についての評価と残された課題について、その詳細報告がありました。
また情勢報告の中で、先日の東日本大震災で被災した障害者作業所の復興状況や、被災地で暮らす仲間たちの心身の様子等の報告も、写真のスライドつきで行われました。
そしてその後、これまでの講演を振り返り、ヤマトグループの功績や工賃アップ実現に努力する各地の作業所の取り組みを評価した上で、「低賃金の改善はもちろんのことだが、障害の重い仲間たちの労働の保障も忘れてはならない大きな課題」であることを強調されていました。

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今回私は初めて、このような大規模なセミナーに参加しました。
福祉従事者として、なかなか一般企業・経済界に通用する考え方や行動力がついていないこともあり、お話の内容ほとんどが新鮮で勉強になることが多くありました。

例えば、ヤマト福祉財団理事長の“売上増を目指すための「仕組みや組織を変え、意識や行動を変えていく」”という実践について。
障害福祉分野は、それまで積み上げてきた周囲との繋がりや経歴を大切に、そこから新たに発展していこうと模索している施設が多いように思います。
その突破口を開くにはいくらかの思い切り(改革)は必要で、そのためにも一点集中的ではなく、多面的・広角的に現実を捉え変えていく意識を常に持ち続けることも大切だと、改めて知りました。

また、“「仲間が作ってるんだから買ってあげよう」と思わせる売り方や身内だけの繋がりで留めても、すぐに飽きられる”との指摘も、的確だなと感じました。
最初はもちろん保護者の方々や施設を支援いただいている方々のご協力による出発なのですが、そこから周辺地域から広域の方々へ評価・口コミが広がって、お客さんを徐々に定着させることが売上UPには確実だと、私は常に考えています。
この「口コミ」を広げるためにもまずは常連のお客さんを大切にしながら、またそこから新たな繋がりを作っていければと思っています。
そのためには、陶友で一丸となって“陶友=コレ!”というような目玉商品を創出し、新たな魅力を生んでいくことが必要です。
(まだまだ、内容としては漠然としていますが^^;)


一方で、お話を伺う中で気になった点があります。
それは「重い障害のある人」の存在です。

高効率化→高収入という流れは一般的だと思いますが、高収入を狙うのなら、やはり作業工程の飲み込みがよく、様々な変化に柔軟に対応できる利用者(=軽度の障害者)が多くいないと実現は難しいと思います。
今回、売上増・工賃増を実現したとの紹介があった各地の作業所には、重度障害者の存在をあまり感じられませんでした。

もちろん、障害のある人の全般的な社会参加を促すためには、これらのような取り組み方も必要かと思います。
しかし、これが最悪な場合「施設側による利用希望者の取捨選択」が推進められかねないのでは、と率直に思ってしまいました。

《市場経済活動を取り入れ=高効率=売上増》は、やはり私には安易な考え方に見えてなりません・・・。
障害のある仲間を受け入れる作業所ができた歴史的経緯を考えても、重度障害者の社会参加が実現できてこそ、障害者福祉・障害者の就労の発展、ゆくゆくは皆が働きやすく生きやすい社会に繋がると思っています。


先にも述べたのですが、作業所の職員として、まずは売上(工賃)を上げるために必要な取り組みを考え行動していくことは大前提です。
しかし同時に仲間たちの社会参加についての課題を考えたときに、この世の中の仕組みを仲間たちはもちろん《国民みんなが生きやすい》ものに変えていく取り組みも不可欠です。


今回のセミナーで、そんな熱い思いがまた湧いてきた、食品班の石橋でした☆
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テーマ:障害者の自立 - ジャンル:福祉・ボランティア

いしばし

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今週は落ち着いていた理由と沢山の妹たち 
毎週、週明け、
荒れに荒れてるかごさん。
ほぼ毎週仲間に八つ当たりのように
普段はなんでもない事を怒鳴り散らしています。

その度に
「まあまあ。」

「今、それより
何をするべきですかね~?」

と声掛けをしています。

しかし
毎回
リヤカー販売から帰ってくると

嘘のように落ち着いて

「あ~今日はあんまりうれんかったね」
「かくさ~ん!!!うれたばい!」
とまずは今日の成果を職員に報告

売れようが売れまいが
(売れていて欲しいのですが)
充実した表情で帰ってきています。

その変化にいつも
働く事が
仲間にとって、
私にとって
どういうことなのか考えさせられます。

週明け何故その様に荒れているのか
話をしながら原因を探ると、

「家にいたくない
休みなんかいらない
陶友が毎日あいていればいい
俺、別に家におってもおもろーないし、
することないけん。」

と毎回同じ返事、

そんなかごさんが
今週は
週明けから普段以上に落ち着いていて

どうしたのかな?
と思いわけを聞くと、

週末に久しぶりに離れてすんでいる弟が
帰ってきたと
楽しそうに色々な話をしてくれました。

面白くないと言いつつも
自分は兄で
弟の面倒をみている!と思って
お兄さん風をふかせているようで

久しぶりに会う弟さんは
お兄さんをたてたのでしょう。

そのなかで
とても印象的な会話がありました。

「俺ねー
まあ弟が帰ってきたのはうれしかばってん
もー
弟は、まあよかばってん
妹がほしいっちゃんね~。
でもね~むりやけん。

でもね~
陶友にきたら
妹いっぱいいるけんね~

大きい妹
こまった妹もね。
えへへ」

それはそれは仲間の事を愛しそうに話していました。

ずーーっとほしいと願っている妹たちに
囲んでもらえる気になれるのも
陶友が大好きな理由のひとつのようです。

ただ・・・
こまった妹もね・・・って

時々かごさんも
困ったお兄さんなのでは?

と思うこともあり
次は
「まあまあ。
かわいい妹たちのすることじゃないですか
多めにみたらどうですか?」


声掛けしてみようかと思う出来事でした。

かく

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ローヒーマン?! 
 自閉症の人には生活上のこだわりが強い人がいます。

     むくげ4090


我が陶友のトノも、その典型のひとりです。
父親の連絡帳をネタに「ローヒー物語」を一つ。

自分の部屋の隣にテレビを置いた部屋がある。
その部屋でテレビ見るときにも、自分の部屋のエアコンはつけておかないと気がすまない 。

彼の家では、今回の地デジ切り替えをきっかけに、デッキ内臓のデジタルテレビを買い、トノの部屋にテレビを置くことにしたそうです。

かくして、トノがテレビを見るときはエアコンは1台稼動状態になったそうです。

大トノ(トノの父親)曰く、
「テレビ配置換え以来、思いがけず省エネになりました。(本当は、省エネではなく、これまで浪エネだったのが普通になっただけの話・・・。トノの沢山あるあだ名の中に、ローヒーというのがありますが知ってますか?命名は言うまでもなく父ヒロシです。」と。

吾応えて曰く、
「ローヒー、ローヒーを返上、それは今~~~

周囲から見れば、生活上のムダも遠回りもそして「浪費」も、彼らの生活のありようの一つなのだが・・・。

国民的な節電闘争の最中・・・。
「吾関せず」の本人の横で、身内の方は色々気遣いをしながら共に生きているのですね。

テーマ:障害者の自立 - ジャンル:福祉・ボランティア

鬼瓦

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昔の私には考えられなかった事 
陶友に来て
変わった事は沢山ありますが

色々な人に聞かれます
今の職場で何が一番変わった?

・・・何がかぁ

色々ありますが
私的に一番驚き分かりやすく
思いついた事例はこれでした

↓↓↓

国会議員にFAXを送った!!!

です

少し前になりますが、
なんと!あの枝野幸男さん他数名に

「地域主権改革推進一括法案」による
社会福祉施設の最低基準の都道府県条例化など
ナショナルミニマムの破壊に反対しますとFAXをしました。

・・・小難しいですね

ネット辞書ウィキペディアによると

ナショナル・ミニマム(national minimum)とは、
国家(政府)が国民に対して保障する生活の最低限度(最低水準)のことである。

日本の場合、
根拠として日本国憲法第25条がある。
これを保障するための社会政策は、
生活保護法など数々あるが、

それらを総称して「セーフティネット(安全網)」と呼ぶ場合がある。

なお、国家として保障するものを
「ナショナル・ミニマム」というが、

地方自治体単位での最低限度の生活水準(生活環境水準)については
「シビル・ミニマム(civil minimum)」という。ただし、これは「和製英語」である。

だそうですが、

今まで、国が

この最低基準を守る様に管理していた

のですが

これを地方に丸投げしよう

という動きがあり
それに反対しているというわけです。

ちなみにこれは雛形がある抗議文章だったのですが、

私の一言の欄があり、
私は、こう書きました

住んでいる場所によって、
最低基準の格差が出るのは
同じ日本国民として不平等だと思います。
すべての国民に対し、平等を保障してください。


つまりですね

都道府県ごとの基準だと
県の財政に左右されるわけで

夕張市などの破綻した自治体をもっていると

より劣悪な環境になってしまうというわけです。

世界的に見ても最低基準といわれる
日本の福祉を後退させてはならないと

直接抗議文をFAXしたのです・・・・

陶友に入るまでは考えられない行動でした。

国会議員に直接意見を発信するなんて!!!
もう何もこわくありません(笑)

↑今までは怖いも何も何も考えていませんでしたから・・・

私は、できるだけ思考の偏りをしないように多方面から勉強し
発信していこうと思い
かわったなーと思った
ナンバー1の出来事はこれでした。

国会議員は雲の上の人ではなく、

私たちが選び、
私たちの代表なので、
私たちの意見を伝えなければならないし、
私たちの意見を
国を運営するにあたって
参考にして代表で会議をし
国の方針を決める人なのだ。




当たり前なのですが陶友に来て
この出来事で気付く事が出来ました。

・・・と言うわけで、

結論

陶友にきて一番代変わったのは

物の見方と

国に対する行動力(選挙や、署名や、勉強)だと思いました。

ちなみにその質問をされた方々は

あまりの私の変化に驚いていました。

そして、興味をもってもらい
それがとても嬉しかったです。




かく

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被災地ボランティアに行って ~第一弾~ 
 私は7月3日~7月9日まで福島県南相馬市にある障害者施設で、きょうされんを通じて被災障害者の支援活動を行った。急な段取りだったこともあり、出発前は「自分に何ができるだろう?」という不安と、対照的に「出来る限りのことを頑張ろう」という気持ちだった。郡山に着き、そこから車で南相馬市へ向かう道中に、ここは被災地だということを思い知らされた。郡山から南相馬へのルートには原発から20キロ圏内の警戒区域 (強制的に避難させられ、立ち入りも禁止)と20~30キロ圏内の計画的避難区域(すぐに避難できるように準備しておかなければならない区域)があり、警戒区域に入らないように迂回して行かなければならなかった。さらに、南相馬の手前にある飯館村は20キロ圏内ではないものの、警戒区域に指定され全住民が避難しておりゴーストタウンになっていた(車の走行は可)。そこは人影がなく、カーテンが閉まりきった家、見捨てられたヤギなど異様な雰囲気だった。放射線量が高いことは事前に把握していたが、目に見えない恐怖ほど恐ろしいものはないと感じた。
 南相馬に入ると、思ったよりマスクを着けた人が少なく、長袖の人がいないことに驚いた。比較的放射線濃度が高くないためだった。震災前に7万5千人いた人口が、震災後には1万人まで減ったものの現在では5万人にまで回復していた。その理由としては、避難所の生活に耐えられない、一時的に県外などへ避難したが落ち着いてきたので戻った・他に頼る当てがない、震災前の南相馬を取り戻したいなどがあった。お店なども徐々に開いてきており、復興の兆しが見られた。それから支援対象の施設へ行った。
 施設の建物自体は地震の被害がなくきれいだった。中に入ると日曜日の夕方だったため職員も利用者もいなかったが(土日は休み)、前の支援チームの方が2名残っていた。今回の支援チームは福岡と京都から派遣されたチームだった。程なく引き継ぎを行い、簡潔に町の状態、施設の体制、利用者の様子、作業内容などの説明を受けた。その際に、ある事実を知った。
 震災後1万人まで人口が減ったとき、市はとにかく南相馬を離れるように市民に指示を出した。そして、いつでも逃げる準備ができている人のみ南相馬に残っても良いと。なので、残った1万人は当初、生活と交通手段を確保できていると人たちだと思われていた。だが、実際にはまったくの逆で交通手段を確保できた人、自力で避難できる人たちは皆南相馬から出て行っていた。必然的に残された1万人は逃げる術がない人たち、つまり高齢者や障害者、その家族であったのだ。さらに、残された障害者の内7割は施設やヘルパーに登録されていない人たちだった。この震災が起こったことで浮き彫りになった南相馬の実態である。このような大災害が起きないと実態が掴めない、そんな福祉や行政の在り方に疑問と悲しさを感じた瞬間だった。

※警戒区域・計画的避難区域の把握があいまいなので間違えているかもです・・・。
※次回は作業所での支援活動とその中で感じたことを中心に書きたいと思います。

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じきょう

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法人研修 ~仲間と生活保護~ 
7月2日 法人研修
「生活保護について」第1ひかりの事務員さんを講師に、生活保護のシステムや現状についての勉強会が行われました。
ひかりグループでも生活保護を受給して1人暮らし(もしくはグループホーム暮らし)をしている仲間も数人いますが、生活保護のことを私はきちんと理解できておらず、

“「人間として最低限の生活を保障する」と言いながら、実状は最低限度の生活を保障するには程遠い支給額・援助であったり、受給しようと申請に行っても窓口でしっかりと話を聞いてもらえないまま帰らされたり(受給者をできるだけ出さないようにしているらしい)・・・”

というぐらいの知識しかありませんでした。

勉強会で、生活保護の支給額計算の方法や仕組みを教わる中で
・生活保護はあくまでも自立のための援助(ゆくゆくは生活保護を卒業し、自分で働いていけるようにするまでの援助)
・不正受給者が増えてしまったがために、申請段階で厳しく審査せねばならなかったり・・・
と、上に書いたような役所側の“ひどい”対応の理由もわかりました。


しかし・・・役所側の言い分はわかっても、どうしても納得できないこともたくさん・・・

・貯蓄は使い切らなければならない・・・とか
・窓口でしっかり話を聞いてくれないことはもちろん、どこかの役所では職員が「今年は受給者を2人しか出しません」と目標を立て、いかに受給者を少人数で抑えられたかで、昇進が決まる・・・とか。
・病気とかで働けない人にはかなり酷な話・・・とか

まったく!人の生活をなんだと思っているのだ!と言いたくなります。





と、今ブログの記事を書いていますが、本当は「勉強会の報告、難しかったからなんて書こう・・・」と悩んで今までなかなか書けなかったのです(「もう2週間経つぞ!!」と鬼瓦所長に怒られてしまいそう・・・)

ではなぜ、今になって黙々とパソコンに向かっているのでしょうか。

それは、今日のお昼にこんなことがあったのです。






7月13日(水) ~販売会にて~



本日の販売会はたなかと、フミさん・タッチンの3人で参加しました。

販売会中、ふとフミさんが口を開きました。




(フミ)「生活保護もらったら、年金はもらえんと?」





私は先日の勉強会の受け売りで「年金はもらえるけれど、生活保護の金額から年金額が引かれた分が支給されるんですよ。」と教えました。





(フミ)「そんなら少なくなるねー。生活できんとやない。」





すると、それまで黙っていたタッチンが





(タッチン)「お金(貯金)があったらダメっちゃん。・・・年金もねー、お金ためとったら減らされるとよ」



タッチンは昔、ご両親が将来のタッチンのために貯めてくれた貯金を指摘され、年金額を減らされそうになったことがあるのです。





(タッチン)「みんな元々お金ないけど、そこから貯めとうんよ。ツンクンとこもトノのとこもよ。みんなないところから貯めるっちゃん。なのにダメって言われる・・・お父さんとかお母さんがおらんくなったら困るっちゃん。」



不安・・・?と聞くと、






「・・・ん・・・不安。でもね、不安もわからん仲間もおるとよ・・・」









私はこの会話で、仲間たちの年金、国からの援助、生活保護の現状の縮図を感じました。


・生活保護は自立するための一時的な援助。でも、頑張って働こうと思っても健常者と同じようには働けない彼らは、どうすればいいのですか。

・自分の将来のために貯金をたくさん蓄えていくこともできない。その日暮らしの生活保護でいいのでしょうか。

・何とかやりくりして、我が子のために貯金をしている家庭もたくさんあるんです。それなのに「貯金できるくらい余裕がある。」という解釈で年金額を減らしたり、「生活保護受けるなら貯金を使い切りなさい」と言ったり・・・


怒りが沸々と湧いてきますが、それをきちんと理論立てて話すにはまだまだ未熟です。それがなんとも歯がゆいですが・・・


生活保護にしても、自立支援法にしても、年金(高齢者の年金を含め)にしても、社会の迷惑にならないことが大前提!!支援を必要としている“その人”を見ない社会の在り方に憤りを感じ、勢いでパソコンに向き合っています。

「もう少し冷静に物事の本質をつかまな・・・」と所長の言葉が聞こえてきそうですが・・・(笑)

もっと勉強しなくちゃ戦えないな!!と感じた勉強会の2週間後の私の気持ちです。

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たなか

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陶友通信No.128(11年6月号)。  
      暑中お見舞い申し上げます。

      研修処理0025

 博多も梅雨明け宣言で、本格的な夏到来です!
 汗をブリブリかきながら、みんな元気でやっています。
 皆さんも、ご自愛ください!


 さて、陶友通信No.128(11年6月号)をアップしました。

いくつかの記事を紹介します。

★なんでもあり。生活支援本格スタート
 ひかりグループは今年度からヘルパーステーションを立ち上げ、仲間たちの地域生活支援の取り組みを事業として本格化しました。
  
 陶友にも生活支援の必要な仲間がいます。一人暮らしのMさんは、六三歳で身体の衰えも顕著に表れています。今まで週三回の外部のヘルパーを利用していましたが、四月から週六回に増えました。

 腰が曲がり歩くのが辛い。三・四百メートル離れた整骨院に行くのにも何度か休憩を挟んでいます。
そんなMさんと関わって三カ月が過ぎました。

 だいぶ話し込んだりしあってきましたが、まだたった三カ月。これからもっともっと関わりを深め、本人の気持ちを尊重しながらの支援を行なわなければならないと感じています。

 Mさんは唐人町に生まれ育ち、ご両親がなくなった後も本人の希望でこの町に一人暮らしを始めて15年以上。これからもこの生活を望んでいます。こらから加齢とともにますます多様な生活支援が求められます。単に食事支援・入浴支援だけではなく、生活におけるほぼ全てにおいて…。

 そうなると施設に入所したほうがいいのでしょうか…。臨機応変な対応が求められてきます。私は、まだ生活支援をかじった程度ですが、より良い支援ができるように勉強と関係づくりをしていきたいです。

 つい最近のことですが、Mさんとの関係が深まる出来ごとがありました。Mさんのお家はまだ地デジに対応していませんでした。そこで地デジチューナーの貸出を依頼して、届いたチューナーを三穂さんのお家に取りつけました。地デジに切り替わり綺麗になったテレビを見てとても喜んでいました。

 Mさんの声や願いを丁寧に聞き、こういった関わりをしていけば徐々に信頼を得られるのではないかと思います。     
(じきょう)


★自治会長に立候補して・・・自分を変えたい!
会長

 去る4月27日、仲間の自治会「流れ星」の今年度役員選挙が行われました。会長候補に仲間4名が名乗りを上げる中、見事当選したリュウくん(20)。
 
 実は彼、これまで大遅刻が常習でした。お家が母子家庭で、お母さんは早朝から深夜まで仕事で多忙な日々。朝夕十分にかまってもらう事が出来ずに、早朝は家族の出勤後に自分で起きるのが困難。それが遅刻の要因でした。それでも遅刻は遅刻・・・。

 学校時代に生徒会長の経験もあり、自治会長への意欲は十分。しかし遅刻ばかりの彼に「自治会長が務まるの?」と案ずる仲間の声も。そんな声に本人の「何とか自分を変えたい!」という強い思いも相まって、 “この選挙を機に自分を変える”意欲に拍車がかかりました。
そこで、職員の援助のもと、本人なりに目標を考案。

『1.成人式で目標にした「遅刻をしない」「仕事を頑張る」にしっかり取り組む。
  2.自分に厳しく頑張り、社会で働くのに相応しい立派な大人になること。
3.皆が楽しく参加できる 自治会にする。そのために何事も諦めず前向きに取り組む。』

 この公約を演説で発表、「リュウくんも自分なりに努力してるんだ」と仲間達の共感を呼び、選挙は圧勝。自治会長に見事当選したのでした。

 果たして連休明け!しばらくは遅刻せずに来ることができ、周囲も目を見張った!・・・のも束の間。のどもと過ぎれば…。

 しかし、本番はこれから。公約を守り自分を変え、仲間に信頼されるようならなければ。
今後も自分と向き合い変わろうと奮闘する彼へ、皆さまからもぜひ熱い激励をお願いします。
(いしばし)



★「楽しく仲良く元気に!」・・・応援団ゆうゆう総会  
 5月14日、第十四回応援団「ゆうゆう」総会が開催されました。陶友が誕生して二十周年ということで例年とは違った総会に。また、これまで十一年間団長としてご尽力頂いた佐藤団長の退任も重なり、特別なものとなりました。
 佐藤団長の退任挨拶では、陶友が誕生してからの二十年、ゆうゆうが誕生してからの十四年の歩みとその間の想いをお話して頂きました。    

 それから、若手職員による「陶友での夢」をテーマにした発表。現在の陶友は新人が二人で残りの二人も二年目というフレッシュな職場になっています。 
私も、陶友でこんなことがしてみたいという夢について想いを発表し、とても緊張しましたがいい経験になりました。

 その他、大脇所長が二十年を振り返り、その中で仲間が当時の思い出を話す場面も。とても感動的なものでした。 
また、ひかり作業所の登本さんを招いて大震災被災地ボランティアでの体験を伺いました。
新しい団長には現事務局長の湊幸雄さん、事務局長に世話人の犬伏邦明さんが就任。
「楽しく、仲良く、元気に!」がモットーです。
 そして、総会が終わればもちろん・・・懇親会!言うまでもなく盛り上がり、とても楽しい時間になりました。(じきょう)


[たなかの一こまマンガ]
★若い頃のつらい一般就労時代、上の人から「バカ」だの「のろま」だのといわれ傷つき、「上に立つのがえらい」と思い込んできたカゴさん。いつも「上」にいないと気がすまなくなってしまったのです。
★そんなカゴさん。自治会長選敗戦のショックに…イジケたりイライラしてしまうのでした・・・
が!

かごじい


★私たちの声を反映した障害者基本法の改正を
 70日間の国会延長が決まった。被災者支援や原発問題で「脱原発」の是非も含めて建設的な議論を望む。    
 さて、障害者基本法の改正も重要な課題だ。政府は、障害者権利条約の批准に向けた国内関連法の改正のために基本法改正案を国会に提出している。

 しかし、政府案は権利条約が示す新たな人権の国際水準には到底及ばないものだ。
 改正案は、「共生社会の実現」など積極的な目的を掲げたりと、一定の前進はあるものの、総じて障害者の声に応えたものとは言いがたい。

 先ずは、障害者の権利について、障害者を一方的に福祉施策の「対象」ととらえる「上から目線」の人権観を改めて欲しい。障害のない人が持つのと同じ基本的人権を享受する「権利の主体」だという見方に立つべきだ。
また、障害者について「どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され(る)」としながら、「可能な限り」と限定しているのも大きな問題だ。

 「私たち抜きに私たちのことを決めるな」という障害者権利条約の基本精神に反し、政府案を決定する最終過程でも、障害者・家族が過半数を占める「障がい者制度改革推進会議」が開かれず、当事者の声を聞くための参考人質疑さえ行われていない。

 国会の見通しは、「不十分だがよりマシ」も含め全会一致で可決の見込みだ。
 少なくとも以下の点で修正を求めるとともに、今後の運動に引継ぎたい。

① 新しい障害者基本法の目的は、障害者権利条約の理念に基づいて、障害者の権利の促進や保護であることを明確にすること。
② 改正案3条の「全て障害者は、可能な限り、どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され(る)」など、「地域社会における共生」規定から「可能な限り」を削除すること。・・・権利というものは、財政が逼迫し「不可能でした」などというものではない!
③ 権利条約の「合理的配慮」(障害者が障害者でない者と等しく基本的人権を享有することを確保するための必要かつ適切な変更および調整)の定義を条文に明記し、「合理的配慮をしないことは差別だ」とする規定を明確にすること。
④ 改正案による障害者の定義は、障害の社会モデルの考え方に則して、いわゆる谷間の障害者を生まない包括的な規定にすること。・・・発達障害、高次脳機能障害、難病等(慢性疾患に伴う症状)を含むすべての障害者を網羅するよう明確にすべきだ。
(友)

[所長コラム]
▼被災者支援は一向に進まない。一方で民主党若手議員にはソーメン代という名の日常活動費が総額3億5千万円支給されるという。血税の政党助成金からだ。▼原発事故の収束は見えない。ヨーロッパはフクシマを教訓に脱原発に舵を切った。わが政府は安全宣言で「再稼働」にゴーサイン。安全の中身は、例えば原子炉建屋の水素ガス抜きにドリルを備えたからだと。未だ人知ではコントロール不能な核事故に「竹やりで鬼畜米英」に立ち向かえ!か。利便と金儲けのため原発を続けていいのか▼その陰で社会保障改悪、消費税増税が画策される。介護保険は「要支援」を切り捨て「保険金はとっても介護なし」の詐欺まがい。障害者基本法改定も危うい。「よりまし」とはいえ、「私たちの声を聴いて」には程遠い。▼眉間にしわ寄せ政治を語りたくはないが。仲間たちの明日のためにはまっとうな政治が必要なのだ。(友)

[編集後記]
●紙面を変えてみました。より親しみやすく読みやすく・・・。肝心なのは中身ですよね。
語りたくなるような実践を、共有したくなるような喜びを、職員一同日々精進します。暑さに向かいます。皆様、くれぐれもお身体をお大事に・・・。

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テーマ:障害者の自立 - ジャンル:福祉・ボランティア

鬼瓦

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優しさに包まれて。 
ある日のことです。
私はふとトノの靴を見ました。



「はて?」




片方の靴のかかとが、なぜか洗濯バサミではさんでありました。




不思議に思っていると、間もなくして
『アルファ!シューリ(修理)』
とトノが靴を持って私のもとへやってきました。
“アルファ”というのはアロンアルファのことで修理をしてほしいときには、この言葉を使います。
(※重度の自閉症があるトノは自分の想いをきちんとした言葉にすることができません。自分の知っている単語をつなげて想いを伝えます。)

見てみると靴の中の布が破けて穴ができていました。最初はアロンアルファと洗濯バサミを使い、自分で直そうと思ったけど上手く直せなかったようです。









『たなか!アルファ!』
“靴が壊れてしまった!大変だ!僕は気になってしょうがないんだ!たなかさん早く直してよ!”







とでもいうように、トノは繰り返します。

私は針と糸で布を縫い合わせ、直した靴を渡しました。



すると、
『小さい!!』
と、まだ何か訴えてきます。


もう一度靴の中を見てみました。すると、修理したところのもっと奥に、小さな穴が・・・
「ひぇ~!これ直せますかね~?」






『小さい!!たなか!!』
トノは繰り返します。






「わかりました・・・でもできるかはわかりませんよ?へたくそだし・・・」といいながら、なんとか小さな穴も縫い合わせ、もう一度トノに靴を手渡しました。












『アリガト!!』

トノからの初めてのお礼の言葉でした。







・・・その瞬間、驚きとともに、なんとも嬉しくなりました。
会話をすることが難しいトノ。話かけても答えが返ってくることも少ないのです。

だから、“ありがとう”
その一言が私にはとても大きなことに感じたのです。











たくさんの愛情や優しさを受けて育ったトノ。
障害が重くて、普段会話することがままならない彼の中にも、その記憶はちゃんと蓄積されているのです。



(★一般に知られる自閉症って、人との関わりを苦手としたり、自分の世界に閉じこもったり、こだわりが強かったり・・・というイメージなのですが、一概にそういえないな。と陶友に勤めて感じる私です。人の成長には家族や、周りの環境といった因子が深く関わっています。それは、その人が育っていく上で(人との関わりやものの考え方において)とても大事なものです。)


トノは、
自分に優しくしてくれた人の名前を覚えています。
手を怪我した人の手をさすりながら「痛いの痛いの飛んでけー」と言ったことがありました。(きっと昔、誰かにしてもらったのを覚えているのでしょう。)
涙を流した人がいれば涙を拭いてくれます。(大人の人に限るそうですが)






それらは彼が優しさに包まれた環境の中で覚えていったことで、それは時には自閉症という障害の壁を越え、人との関わりを自らもとうとすることに繋がっているのかもしれません。





“ありがとう”




「いつも皆さんにいいたいんだと思います」とトノのお父さんは言います。



今回の出来事で、トノの今まで育ってきた歴史・その中で得た人との出会いや優しさを想像しながら、自分の人との関わり方や仕事へのやりがい、人の優しさを再確認したたなかなのでした。


テーマ:考えさせられた事 - ジャンル:福祉・ボランティア

たなか

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