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いつ振りの・・・ 
今日、大きな一歩を踏み出しました!!

居宅介護(以下、ヘルパー)を利用しているMさんのことです。
ヘルパーの利用を始めて3年以上の間に様々な事情から利用事業者を二度変えてきました。
こだわりの強いMさん、信頼関係をつくるのも一苦労です。

現在利用している事業者は昨年の8月に介護保険に切り替えてからの付き合いです。
30代の若い男性中心に週6日、家事援助、入浴などの支援を受けています。
そんな事業者の方たちには障害のある人と接した経験が多くない方もおり、尚更Mさんとの関係づくりに時間が必要子でした。
それでも少しずつ根気強く関係を作ってきました。

いつもMさんは支援中の入浴を拒みます。
「後から自分で入ります」そう言っていつも渋りながら。
こだわりの強いMさんは一筋縄ではいかず、月に一度の入浴支援では改善しきれません。
そんな状態なので衛生面に問題があり、フケが肩に積ったり、病院では口の周りにカビが生えていると言われたこともありました。

そんなMさんが!今日!!入浴したのです!!!
ヘルパーさんの支援中に入浴したのはいつ振りでしょうか・・・覚えてもいません。
しかも、ヘルパーさんに頭を洗ってもらい上機嫌でした。
これまでの経過のなかで考えると、とても大きな一歩です!
まだ特定のヘルパーさんしか信頼していませんが、今後への大きな期待となる出来事でした。
焦らずゆっくり、でも着実に一歩づつ進んでいきたいと思います。
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じきょう

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きょうされん九州ブロックin長崎大会 ① 
(大会より日が経ち曖昧な部分もありますがお許しください。また長くなりましたので分科会報告と分けてアップします。)

●開会全体会
 今年の九ブロは長崎で開催され、とても“長崎らしい”大会となりました。開催された2月9・10日は長崎ランタンフェスティバルに合わせて組まれており、開会式ではランタンフェスティバルでも行われる龍踊り(じゃおどり)が地元の高校生によって披露されました。街を見てもランタンフェスティバル一色に染まっていて、長崎の文化を感じることができました。また、開会全体会では被ばくを経験している長崎が「平和な社会の実現に向けて」をテーマの元、2つの特別講演で長崎開催をアピールしました。

〈高校生平和大使活動報告〉
高校生平和大使は、16年前に核兵器廃絶を長崎から訴えるため国連に二名の高校生を派遣したことに始まりました。それ以来、毎年国連を訪ねて核兵器廃絶を訴えるとともに、13年前からは一万人署名にも取り組み始めたのでした。そして現在では、国連に提出した核兵器廃絶を訴える署名の累計数が100万筆に迫ろうとしており、この活動は世界各地の高校生をも巻き込み発展しています。
高校生平和大使には『微力だけど無力ではない』という合言葉があります。これまでの活動を通して、継続は力、微力だけど無力ではないということを学んだそうです。この言葉は障害福祉分野にも共通して言えると思います。私たちの福祉制度や法律の改正を目指す運動も何十年も継続して取り組んでいます。なかなか劇的な  を勝ち取ることは難しいですが、無力ではないことを証明してきています。私も高校生平和大使と共に「微力だけど無力ではない」という思いを持ちながら活動していきたいと感じました。
 
〈特別講演〉
きょうされん常任理事による特別講演では「みんなが幸せになるために」というテーマの元、私たちに求められる課題と役割についてお話頂きました。
かつてスイスに、カール・グスタフ・ユングという精神科医・心理学者がいたそうです。このユングは人としての幸せについて「5つの条件」を挙げています。以下の5つです。
① 心も身体も、ともに健康であること
② 自分で「程よいと思うぐらいのお金」をもっていること
③ 美しいことを知る力や、感動する力があること
④ 人間関係がゆたかであること
⑤ 朝起きたとき「やるべき仕事」があること
  
   では、障害のある人はこの5つの条件を満たしているのでしょうか。これを切り口に講演はすすめられました。(一つひとつの検証は長くなりますのでここでは控えます。)私は障害の有無に関わらずこの条件を満たしている人はとても少ないように思いました。
いったいどうすればこの条件を満たすことができるのか。障害のある人にとって5つの条件を個人で満たすことはとても難しいことです。この条件を満たせない人は自己責任と言って知らんぷりするのではなく、より多くの人が条件を満たせるような社会にするためには何が必要か。そんな社会を作るには政治に関心を持つことが大切だとお話されました。国民一人ひとりが政治に対する意識を高め、国の動向をしっかり監視することで変わっていきます。昨年に行われた選挙では、過去最低の投票率に反して、過去最高の白票や無効票の投票数でした。国民一人ひとりが意識を高め政治に参加することができれば、現状を変えることができると。
障害者総合支援法に対しても同じことが言えます。当事者や関係者だけではなく、より多くの人を巻き込み運動することで福祉関係者の願いである骨格提言の実現に近づくことができるのです。それが実現できたとき、幸せになるための5つの条件を満たすことができるのだと思います。講演を聞き、それこそが私たち福祉に携わるものの一つの課題であり役割であると再認識しました。



じきょう

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遅ればせながら・・・ 
新年あけましておめでとうございます!
昨年は大変お世話になりました。

早くも2013年がやってきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
陶友の年初めの開所日はいつもの風景でした。
冬季休暇を終えて元気を蓄えた仲間たちがワイワイガヤガヤ!
その元気について行けない職員・・・長期休暇明けおなじみの光景でした。笑


今年も山あり谷あり、色んな出来事が待っていると思いますが、
陶友全員でぶつかっていきます!
また、個人や各班・陶友全体として進化はもちろんですが、
障害があっても生きやすい社会を実現するためにみんなで力を合わせていきます!

今年もたくさんの方と繋がり、共に発展していければと思いますので、
ご支援、ご声援、ご協力の程よろしくお願い致します。

本年もよろしくお願い致します!!!
じきょう

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半年ぶりに・・・ 

今日、ユキちゃんが陶友に通所しました。


昨年の12月に行った、陶友仲間の一泊旅行。
陶友に通い始めて数年のユキちゃんは、初めて旅行に参加することができました。
最も信頼し安心できる存在であるお父さんが同行することで可能になったのです。
ですが、精神疾患を持つユキちゃんにとって、その代償は大きなものとなってしまいました。
自分自身の自覚のないところで精神的負担がどんどん溜まっていたのでした・・・
コップに注がれる水が限界を超えて溢れるように・・・。

それから少しずつ体調が優れなくなり、今年の4月9日を最後に陶友に通うことができなくなっていました。


今日がそれからちょうど半年を迎える日です。
班での朝礼を終えて、それぞれが作業を始めた頃でした。
玄関を入ったところにユキちゃんの姿が見えます。

じきょう「おはようございます。久しぶりですね。」
ユキちゃん「おはようございます。今日はお昼ご飯を食べてから帰ります。」

この半年の間、仲間に会いたいからと何度か陶友に顔を出したこともありましたが、20分と持ちませんでした。
ですが、今日は10時から13時まで過ごし昼食も摂ることができました。
「陶友のみんなに会いたい、働いて給料を貰いたい」この思いがユキちゃんを動かしたのです。
この半年間の20分に比べて大きな飛躍です。
まだまだ仕事ができる状態までは時間がかかると思いますし、油断はできません。
もしかすると今日の出勤が響き、また精神的にしんどくなるかもしれません。

でも、ユキちゃんの「陶友のみんなに会いたい、働いて給料を貰いたい」この2つの強い想いがあれば時間は掛かるかもしれないけど、きっとまた陶友の仲間と共に働く日は来るはずです。

人と繋がること、働くことを通して明日への希望を持つこと。
人間が人間らしく生きていくために必要なことを、目の前の仲間を通して実感した1日でした。

ユキちゃん、無理せずゆっくりね!
じきょう

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カゴさんの日課 
10月1日から正式に新たな仲間が加わりました!

特別支援学校を卒業して1年目、笑顔の素敵なピチピチの18歳です。
このブログでは「あっくん」と呼びたいと思います。

あっくんが特別支援学校を卒業してから、陶友の正式な仲間になるまでの詳しい経緯は、陶友通信No.134「自立支援法に振り回されながら、それでも陶友で働きたい」をご覧下さい。(当ブログにも記事をアップしています。鬼瓦所長のカテゴリーから記事をご覧頂けます。)


あっくんが陶友に復帰して仲間、職員共にとても喜んでいます。
陶友の元気印がまた1人増えて。笑
元気でワイワイガヤガヤな食品班がさらに強力になりました・・・(^^;

そんなあっくんの復帰を一番心待ちにしていたのは、
特別支援学校の先輩であるヨシくんでも、陶友での兄貴分であるツンくんでもなく
カゴさんではなかったかなと私は思っています。
(もちろんヨシくんもツンくんも心待ちにしていました。)

あっくんが出張へ行く前に陶友へ通っていたときのことです。
二人はお爺ちゃんと孫のように年齢が離れているため、カゴさんはあっくんを可愛がり、あっくんはカゴさんを慕っていました。
二人にとってちょうど良い距離間なのかとても仲良しです。
そんな二人は仕事帰りのバスが同じでした。
同じ食品班でもあったため、いつも一緒に帰っていました。
お互いに冗談を言い合いながら楽しそうに。

普段食品班の仕事の中で自分の思い通りに物事が運ばずイライラしたり、腹をかいてしまうカゴさん。
しかも、自分の意見に反論する仲間もいたりして、一日を気持ち良く過ごせることが多くはありません。
そんなカゴさんにとって、仕事帰りのこの時間は陶友での一日を笑顔で終われる大切な日課だったと思います。
あっくんが出張中のこの二ヶ月はお預けだったので、カゴさんにとって寂しい時間になっていたのではないでしょうか。

そのあっくんが戻ってきて早速二人は一緒に帰っていきました。
ジキョウ「カゴさん、あっくんが戻ってきて良かったですね。」
カゴさん「そうね。あっくんは俺の弟子やけんね。笑」

カゴさんにとって待ちに待った日課が帰ってきました。
陶友の大先輩として新人のあっくんを引っ張っていってくださいね!
仲間同士の役割・つながりを垣間見た一幕でした。


(最終的に何が言いたいのか分からなくなってしまいました・・・汗)
じきょう

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Mさんの生活を支える仲間として 
陶友通信No.133号でMさんの介護保険問題についての記事を書きました。

問題は65歳の誕生日を迎えるにあたって、自立支援法で受けていた福祉サービスを介護保険法で受けられる福祉サービスに移行しなければいけないこと。
ここには色々な問題がありますが、
Mさんの場合に特に問題になったのはヘルパー事業所の変更でした。

障がい故のこだわりや本人が大切にしていることを理解したうえで支援してくれるのか。
ひかりヘルパーはそこを大切に関わってくれたので、とてもうまく関係を築けていました。
その事業所を変更して一から関係を築いていかなければいけません。
担当職員としてそれが一番の不安要素でした。

こちらの対応がまずく、手続きを進めるうえでスムーズにいかないこともありましたが、
いよいよ新しいヘルパー事業所を利用する日がやってきました!

Mさんもヘルパーさんも緊張していたと思います。
がしかし、一番緊張していたのはきっと自分だったと思います。汗

Mさん、ヘルパーさんのこと拒絶しないかな・・・。
ヘルパーさんはMさんのこだわりを理解してくれるかな・・・。
料理の味付けは大丈夫かな・・・。(Mさんはグルメで味付けにうるさいため。笑)

などなど一人でいらぬ心配をたくさんしてました。
ですが、意外や意外そんな自分の想いに反して何の問題も出て来ません。
あれ?良いことのはずなんだけど・・・期待外れの拍子抜け。笑
その後も特に何の問題も不満もでてきていません。
ひかりのヘルパーが一年かけて築いてきた土台があり、新しいヘルパー事業所との間でしっかり引き継ぎを行えたことでMさんにとって受け入れ易い状況が出来たのではないかと思います。

まだ新たな事業所がヘルプに入るようになり僅かです。
これから何かしら問題も出てくることでしょう。
そのときは私が両者の間に入り、お互いの理解や関係を深めていけるよう潤滑油のような働きをしたいと思います。

やはり障害を持つ人の生活、特に一人暮らしは困難がたくさんあります。
Mさんの場合はそこに老いの影響も加わってきています。
これから作業所とヘルパー事業所が一丸となってMさんの生活を支えていきたいと思います。


・・・ちなみに、先日新しいヘルパー事業所と陶友の職員で懇親会を開きました。
皆さんとても明るく情熱的でユニークな方たちでした!笑
これから連携を深めて、Mさんを支える「仲間」として協力していきたいです。
じきょう

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陶友お弁当給食 
まず初めに・・・郭さんと記事のテーマが被りましたがご了承ください。汗


陶友は月曜日を隔週で開所しています。
この日は普段通り仕事をしますが、調理員さんはお休みの日です。
なので、月曜開所日の昼食はそれぞれ。
手作りのお弁当を持ってくる仲間、コンビニやほっともっとに買いに行く仲間、
近所のご飯屋さんに食べに行く仲間など。
陶友ではこれを『自由外食』と呼んでいます。

今週の月曜日はその『自由外食』の日でした。
ということは、もちろん私も自由外食。
最近は近所のお弁当バイキング屋さんに仲間と行っています。
500円で好きなおかずを好きなだけ盛り付けることができる・・・お財布に優しいお店です。(笑)

いつも一緒に行くのが陶芸班のツンくんです。
ツンくんはいつもお弁当を二つ買います。
一つは自分の分で、もう一つは所長の分。御遣いを頼まれているのです。
お弁当屋さんに着くと慣れた手つきでおかずを詰めていきます。
「これ鬼瓦さん好きやけんね(^3^)」

ツンくんと所長はかれこれ20年以上前からの付き合いです。
「鬼瓦さんの好物は全部知っとーと」と言わんばかりに。
でも、お弁当を覗くと・・・サンマの煮つけと玉子焼きが同じとこに入っていたり・・・
とても面白い盛り付けでした!
と同時に、すごく気持ちが温かくなる瞬間でもありました。

うまく盛り付けられないけど、鬼瓦さんの好きな物を考えて一杯詰めてあげる。
とっても優しいお弁当でした。

陶友“自由外食”での風景でした。

じきょう

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国会請願行動 
 先日、国会請願行動で永田町の衆参両議院会館に行ってきました。
この頃は、骨格提言をまったく反映していない“障害者総合支援法”が衆議院で可決され、次は参議院という場面での行動でした。議員会館に到着すると全国から200~300名程の作業者職員や仲間たちが、この活動に集っていました。残念ながら飛行機の関係で決起集会には参加できませんでしたが、会場は熱気ムンムンでした。
 
 私が到着して間もなく議員回りを開始しました。福岡と沖縄でチームを作り、党は関係なく両県選出の議員を訪ねて行きました。正直なところ、初めのほうは議員会館の厳重なセキュリティーやテレビで馴染みのある政治家の方をまじかで目撃することで緊張がピークに達し、完全に雰囲気に吞まれていました。
そんな中、一人目の議員を訪問しました。紹介議員のお願いや実際に困っていること、そして骨格提言を踏まえた新法を実現して頂くよう要望しました。この議員には残念ながら紹介議員を断られ、署名も受け取って頂くことはできませんでした。この方とのやり取りの中で、自分の想いも発言させてもらいました。時間は短かったですが、自分の気持ちを発言したことで緊張も解くことができました。

しかし、今回の請願行動に九州からの参加が少なく、時間内に回ることが難しかったので福岡・沖縄チームをさらに2チームに分けて行動することになりました。私は沖縄から初参加の方と二人で回ることになりました。お互いに初めての請願行動だったので、二人目からは試行錯誤での議員回りでした。
紹介議員のお願い、署名渡し、自分たちの願いを伝える、言葉足らずでうまく伝えられたか分かりませんが、精一杯お話させて頂きました。実際に署名を手渡しする際には、たくさんの人たちの願いをしっかり届けることの重みと責任を感じました。

それに対して議員の方々の対応は様々でした。しっかり耳を傾け自身の考えも話してくれる、さらに署名を受け取り紹介議員になってくれる議員。一応の話は聞くが署名の受け取りなどは拒否する議員。秘書対応だけの議員。お忙しいのは重々承知ですが、秘書対応には寂しさや憤りを感じました。


今回の請願行動を通して、更に更に骨格提言が盛り込まれた“総合福祉法”を実現しなければいけない。そして、その実現に向けてたくさんの仲間がいることを確認することができて心強かったです。署名や沖縄県議会からの意見書を通して、多くの方の願いと闘う姿を見ることができたからです。それと同時に議員の方々の対応や話を聞いて、“総合福祉法”への道はとても険しいことがヒシヒシと伝わってきました。国会請願行動によってどれだけ違いが生まれるのか分かりませんし、国会請願行動をしたからもう全てが終わりではないと思います。最後まで諦めず活動することを考えていけたらと思います。



《街頭署名活動》
上からの流れで告知をします。今週の10日に・・・と言いますか明後日の木曜日に「ひかり福祉会街頭署名活動」を行います。ありがたいことに、たくさんの方にこれまで署名にご協力して頂いています。もしまだ署名をしていない方がいらしたら是非ご協力をお願い致します。より多くの方にこの運動を知ってもらうきっかけにしていきたいです。もちろん陶友も参加しますのでよろしくお願い致します。

・ 場所・・・西新プラリバ前
・ 時間・・・11:30~12:30
・ 雨天時予備日・・・11日 金曜日
じきょう

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きょうされん九州大会を通じて・・・ 

今更ながら、きょうされん九州大会について書きます。本当はもっと早くアップしなければいけないのですが・・・。 今大会は基調講演等の一部と分科会の二部で行われました。どちらも感想を書きたいと思いますので簡潔に書かせて頂きます。

○一部・特別報告
 きょうされん常任理事による特別報告では、自立支援法が施行され様々な問題点が浮き彫りになってから現在に至るまでの経緯と現状、これから「基本合意で約束した自立支援法の本質的廃止とそれに代わる新法制定を!」ということを話されました。この報告はこれからの運動に繋げていくために参加者で想いを共有し団結することが大きなテーマだったように感じました。なぜなら今大会は直後に総合福祉法の骨格提言が国会に提出されるという重要な時期に行われたからです。この場に集った九州各県の仲間たちの熱気を肌で感じ、自分もその一員として運動していくんだという思いを強くするものでした。
 

○二部・分科会
 分科会では「高い工賃を実現するためには」に参加してきました。これは長い間ある大きな課題だと思います。高い利益や生産性を求めた社会に適応することが困難な、障害を持った仲間たちがいます。その結果、働きたいという想いとは裏腹に、社会に就労の場がなく作業所にいる多くの障害を持った仲間たち。だからと言って現状の工賃で満足などとは言えません(作業所の工賃は平均1万円程度)。
工賃は上げたいが、かと言って生産性や利益ばかりに目を向けると仲間たちが社会から弾き出された事実となんら変わらない、この矛盾を打破するヒントを見つけたいと思いこの分科会に参加しました。

 参加してレポーターになられている作業所のお話を聞くと共通していることがありました。それは、新しい取り組みや仕事づくりをする際はしっかりとした下調べが必要ということです。どれくらいのコストがかかるのか、いくらで販売しどれくらい売り上げれば利益がでるのかなど、細かい見通しを立てある程度の筋道を立てて取り組むということです。こういったことはあまり福祉の現場に浸透していないようですが、重要なプロセスだということでした。それから、挑戦してみたいことが見つかった時にマイナスの面ばかりに囚われるのではなく、とにかくやってみるということです。困難な面ばかり考えてもしょうがない、やってみないと困難かどうかもわからないと仰っていました。これは当たり前のことなのですが一番響いた言葉でした。これまで何かにつけて難しいかなと考えてしまっていたように思うからです。
 これからは失敗することや困難なことばかり考えず仲間の仕事づくりに取り組んでいきたいです。そして、九州大会から帰ってきて早速ですが『お箸づくり』に取り組むことにしました。既に竹をゆうゆう団長から頂き乾燥させています。
・・・で、なぜ箸づくりなんだ?紙漉き関係ないじゃないか!と思われている方もいるかと思います。お答えしましょう!!!!まず、第一に紙漉き班だから紙漉きの仕事という考えを捨てようと思います。もちろん今後も紙漉き作業は継続していきますが、その枠を超えた形でそれぞれに合った仕事を作ってもいいのではないかと思ったからです。特にこの仕事はミホさんに取り組んでもらおうと思っています。ミホさんは加齢に伴い作業範囲が狭まってきています。プレス作業も腰を曲げて行うため本人の負担が大きくなっています。そういった現状を踏まえつつ、元々器用でナイフを使ったり大工仕事が好きなミホさんにやりがいを感じてもらい無理のない範囲での作業をということで考えました。実際にやってみないと分からないことは多いです。売れるのかどうか、ものになるのか、仕事として成立するのかなど不安な部分はもちろんありますが、先に述べたように不安材料ばかり並べるのではなくとにかくチャレンジしていきたいと思います。          
 きょうされん九州大会で学んだことを活かしながら、これからの実践や学習に繋げていきたいです。
じきょう

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紙すき班 11年度最後の大仕事 

2月中旬、紙漉き班に一件の注文が入りました。

ちょうど他に注文が入っていないこともあって、「よっしゃ!売り上げアップになるぞ~」とタッチンと喜びました。
ですが・・・喜びもつかの間、注文数が聞いたこともない数で本当に出来るのかと一瞬で不安に引きずりこまれたのです(*_*;。
その注文とは、『メッセージカード2000枚を3月いっぱいまでに』というものでした。
その頃は名刺の在庫もほぼなくなっており一から2000枚目指すことになりました。
本当に2000枚も3月いっぱいまでに作れるのか、不安ながらのスタートでした。


ここからタッチンの奮闘の始まりです。
これとは別の注文や食品班のリヤカーへの助っ人、販売会や納品など紙漉きだけではなく他の作業が入ってくることで常に紙漉きに時間を使うことが出来ないからです。
また、冬なのでとにかく水が冷たく、手の感覚がなくなってくる程です。
メッセージカードの乾きも遅く、乾いても全てが商品になるわけではありません。
形が悪かったりゴミが混じっていたりすると外します。
実質全体の6~7割が商品となっているのが現状です。
こういった幾つものハードルを乗り越えながら挑戦していきました!

そして先日、無事に2000枚作り上げお渡しすることができました。
売り上げはなんと3万円にもなります!!!)^o^(
たった3万円か・・・とお思いの方もいらっしゃるかもしれませんが、この額は紙漉き班一月分の売り上げに匹敵するのです!
時には3万円も売り上げない月だってありますからね。そう考えると金額の大きさを感じて頂けるかと思います。

私がここへ来て1年を過ぎましたが、もちろんこんな大きな注文は初めてでした。
タッチンいわく彼自身もこんなに大きな注文は初めてだそうです。
ですから一生懸命作った商品と3万円の代金を交換するときの喜びはひとしおです。
必死で抑えようとしていましたが、タッチンは笑顔が抑え切れていなかったですね(#^.^#)。
お客さんが帰ってからはもう喜びと笑顔が大爆発でした!!笑

また、商品と代金を交換するその瞬間に初めて、頑張って作った商品が3万円の仕事だったことをリアルに実感したことでしょう。
それから徐々に「2000枚作ったんだ」「3万円売り上げたぞ」という達成感を感じていたように見えました。
一緒に製作する中で頑張っている姿を見てきました。そして目の前で喜んでいるタッチンの姿を見ると、素直に私も嬉しさと達成感を得ることができました。
これから先、こういう気持ちをたくさん共有していきたいと強く思う出来事でした。


(※メッセージカードとは名刺の印刷がない状態のものです。販売するときは、10枚入り1セットを150円としています。2000枚=200セットの販売でした。)
じきょう

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成人式 
今月の25日に、ひかり法人の成人式があります。
総勢120名程が集まっての式になるそうです。
今年はその主役がたった1人・・・それがなんと陶友のヨッシーなんです!

彼は成人式をとっても楽しみにしています。
自分が働きだしたころには既に「成人式でぇーす!」と、
事あるごとになんとも愛嬌たっぷりに言っていました(笑)。
関係ない場での発言でもその愛嬌から憎めないというか、
こっちが笑顔にさせられるんです。

そんな彼の成人式を“陶友応援団ゆうゆう”主催で先日開催しました。

人生において大切な成人式。
彼が楽しみにしていた成人式、そして彼の成長を見てきた人にとっても大切な成人式。
彼の成長と障がいは切っても切り離せない関係にあって、
そんな彼に向き合うような成人式を計画しました。
【特別支援学校の元担任の先生からの祝辞】、
【7年間勉強のみならず、家族ぐるみでお付き合いをされた元家庭教師さんからのビデオレター】、
【母と一緒にゲルマンハープの演奏】、
などなど、どれも感動的で彼のこれまでが伝わってきました。

しかし、それ以上に一番彼に向き合えたのは、他の誰でもない母からの言葉です。
障がいのある息子をもったプレッシャー、人目を気にしたり弟の障害の有無に怯えたり。
そして、どこかでこの子を否定していたのではないかという気持ちまで。
ですが彼は母のことが大好きです。そんな彼に向き合う中で「彼の全てを受け入れ、愛していこう」
という気持ちに変化したのです。
様々な困難はありましたが、愛情をたっぷり注いで彼を20年間育ててきたのでした。
もちろん母だけではなく父や弟からもです。
そして今彼はここにいるのだと・・・。

そんな彼だからこんなにも愛嬌があってみんなから愛される、
と同時に人のことを好きになれる心が育ったんだと納得しました。
愛情を注がれたり、育つ環境はこんなにも人間形成に影響を与えるのだと感じました。
こういう機会と家族の想いを本当に大切にしていこうと思いました。

こういった母の想いを知った上で彼に、
そして仲間たちに日々向き合っていきたいという思いを強くしたジキョウなのでした。
まぁしかし・・・自分だけに思いを秘めているとついつい忘れてしまうので、これを読んだ方にチェックしてもらえれば、なんて思います。


じきょう

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仲間の旅行 in 柳川 
先日12月4・5日に仲間の旅行に行ってきました。
今回の旅行先は・・・柳川!!!

仲間たちは旅行の数日前からソワソワ。頭の中は「やながわ」で一杯。
旅行の役員になった仲間はとってもはりきって、バスレクや宴会の出し物を仕事よりも熱心に考えていました。
まぁ年に一度の旅行だからしょうがないでよね。

そして、いよいよ当日、仲間は気合が入ってますね~!
集合時間が13時でゆとりがあるとはいえ誰一人遅刻をしない!(お休みを除いて)
むしろ早すぎで、タッチンは2時間も早く来てたらしい・・・いや、もっとだったかな・・・。

全員揃っていざ出発!
片道1時間半のバスも仲間にとっては楽しみなひと時です。
それぞれが○×クイズを持ち寄ってクイズ大会で盛り上がりました。
そうこうしていると、あっという間に柳川に到着です。

到着して旅行のメインである川下りへ出発しました。
初めての体験で楽しそうなヨッシーに、鬼瓦所長と席が近く調子の出ないカゴさん、なぜか上着を旅館に置いてきてぶるぶるしてるタッチンなど普段とは違った仲間の一面を見ることができました。

そして次は、仲間たちの待ちに待った宴会です!
司会・あいさつ・乾杯の音頭などすべて仲間でやりました。
時折グダグダなるとこもありましたが、食品班のHさんを中心に楽しく盛り上がりました。
出し物も各班一生懸命でとても笑わせてもらいました。

そんな中、今回の旅行で本当に印象に残った出来事がありました。
陶友に来て3年になるユキさんは、これまで旅行やその他の行事への参加も苦手にしていました。
人前に出ることが苦手だったり、精神的な不安を抱くからです。
今回の旅行も始めは「行かない」と言っていました。
しかし、お父さんも一緒に参加してもらうことで行けることになりました。
ユキさんにとってお父さんは唯一の家族であり何より安心できる存在だからです。
参加することが決まると、そこからは順調でした。
ただ、みんなの前での各班による出し物は難しいかなと思っていました。
ですが、いざ始まると楽しそうに班の仲間と唄っていました。
その後も他の仲間たちと楽しく歌ったり踊ったりしていました。
お父さんが側にいる安心感と仲間たちとの楽しい時間がそうさせたのかなと感じました。
お父さんからも「こんなに楽しそうなのは初めて。一緒に参加できて良かったし、こういう姿を見られて嬉しい。」という言葉を頂きました。
本当に一緒に来られて良かったと思ったのと同時に、行事に参加できる機会を増やせていけたらなと感じた出来事でした。


そうこうしていると、楽しい時間は早いもので宴会終了の時間が来てしまいました。
仲間たちには時間が足りなかったみたいですが(笑)。
それからは各部屋に分かれ思い思いの時間を過ごしました。

二日目は各班で柳川を散策しました。
ひつまぶしや柳川鍋をお昼に食べて、大満足のなか帰路につきました。
ケガや体調不良もなく無事に旅行ができました。


今回の旅行では、一泊二日という短い時間でしたが、寝食を共にしたことで新たに感じることもありました。仲間同士の関係や作業所とは違う姿などを見ることができました。また、先ほど述べたユキさんもそうです。
そういう意味でもこの旅行はとても良い機会でした。何よりみんなで楽しく過ごせたことが一番でした!!
また来年も楽しい旅行ができるように、これからみんなで毎日の作業をしっかり頑張っていきたいです。(今回、石橋さん・ホンチャン・アニキが参加できなかったので来年は是非全員で!)
じきょう

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被災地支援では見えなかった現実 
  東日本大震災6か月 特集番組

 これはNHKで放送された、被災した障がい者の現状を特集した番組名である。

 番組の冒頭で障がい者の死亡者数が健常者の倍に上るとあり、改めて社会的弱者だと感じた。災害時に障がい者の避難支援をする仕組み(制度)はあったものの、表面的なものであり当事者たちにはまったく伝わっていなかったのが現状だ。これが障がい者の死亡者数を増加させた原因の一つである。支援制度があることは大前提だが、認知や普及がなければ、あってないようなものである。なんのために作った対策なのか制度なのか、誰のためのものかをしっかり確認・明確にしなければそれは意味を持たない。その事実に、こういった震災でも起こらないと気づかないことが悲しくあり、制度を作って終わりの傾向に疑問を感じた。
そんな中、番組の内で「次にまた同じことが起これば、それこそ100%人災である。障がい者を正確に把握する必要があり、障害に合わせた対策とそれを実行することが何より求められる」というような発言があった。これを聞いて、支援に行った南相馬でのことが頭に浮かんだ。行政には、被災地に居る障害を持つ仲間に対して、二度とこのようなことを起こさないことが、誠実に問題と向き合うことだと思って行動して欲しいと感じた。また、もし同じような震災が福岡で起きたら、福祉職員として人として何をすべきか考えておく必要があると感じた。
 

【牡鹿地区の場合】
 被災地のほとんどの地区で障がい者に多くの犠牲が出た。しかし、在宅障がい者48人中46人もの命が助かった地区がある。それが牡鹿地区である。助かった理由は防災訓練にあった。さほど広い地区ではないものの、30以上の避難場所が用意されており、被災時に助かるか助からないかは時間との戦いということを徹底していたそうだ。
 そしてもう一つ、重要なのは地域の人たちの理解と繋がりである。いくら避難場所をたくさん設けても、そこにたどり着けないと意味はない。しかし、牡鹿地区では隣人が重度の障がい者を救っていた。近所付き合いがあるからこそ、あの家には誰が住んでいるのかが分かり、震災時という混乱する状況下でもたくさんの命が助かったのだ。このことからも地域での繋がりと取組がとても重要だと言える。


【仮設住宅について】
 仮設住宅には福祉的目線で建てられたものが少ない。今まで関心を持っていなかったことに気づかされた。仮設住宅への入居希望者にはいろんな人がいて、健常者がいれば同じように高齢者や障がい者もいるのである。そういった生活に困難を抱えた人を配慮した仮設住宅が必要になるのは当たり前のことだ。しかし、現実にはバリアフリーと言っているもののスロープのみ。そもそも障がい者(当事者)に対する視点がない。障がい者を持つ家族が家の中での生活に手一杯になり、他に手が回らず自立に向かえない現状もある。確かにいち早く(スピード)完成することは大事だが、誰が仮設住宅を必要としているかを見落としているのではないか。被災によって多くの人たちが困難に直面している中、被災者の中にも格差や困難の重さの違いが生まれていることに憤りを感じる。地域による復興格差という言葉まで…。阪神大震災の教訓などはないのだろうか…。


【作業所】
 復興の中なんとか再開するが、仕事が激減。行き場のない障がい者で利用者数の急増、頼れる場所がないからである。利用者が増えることで職員の負担の増大に繋がり、きめ細かい支援ができなくなる。なので、作業所の支援も継続的に行う必要がある。


【行政】
 障害を持つ人が家庭に1人とは限らない。そういった人への支援(当事者・家族)が不足し、個別の濃い支援が難しい。求めていることは何か、震災で福祉の問題が表面化したが、こういった問題は以前からあった。また、津波ではたくさんの物が流されたが、その中には福祉用具も多い。義足や車いす、生活必需品など幅広くある。そういった物のニーズにピンポイントで応えることが求められる。だが、行政だと浅く広くといった感があるためピンポイントで対応することが難しい。行政の手の届かないところへ地域のサポート、民間の支援を増やしていくことが求められる。
 復興するにあたって国民の意見が反映させること、これを守ってほしい。復興は新生、障がい者を置き去りにしない社会を作り上げたときに復興と言えるのではないか。



 この番組を観て、改めて障がい者の置かれている立場や社会のなかで何を大切にするべきなのか、何が足りないのかが見えてきた。又、障がい者にとっての作業所の役割や存在の大きさも感じた。作業所はただ仕事をする以上の存在だということを感じたので、そういった目線も持ってまた日々の関わりを深めていきたい。
じきょう

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きょうされん学習会レポート 
 

 きょうされん主催の学習会があった。県内の各作業所などから総勢200名以上が参加し、過去最多だった。学習会ではまず、きょうされんの現在の取り組みや情勢についての報告、和歌山の某法人から招いた講師の方の話を聞いた。情勢は障害者自立支援法から新法への流れや、東北での被災地支援活動についてだった。その後分科会に分かれての講義だった。一年目ということで新人分科会に参加した。

〈新人分科会一日目〉
分科会では新人研修に参加した。お互いのタコ紹介をした後、某施設所長に講師をして頂いてきょうされんの歴史について講義を受けた。タコ紹介に時間が掛かり、小一時間程しか時間がなく用意されていた資料の話を少ししか聞けなかった。だが、その話の中で講師の方が福島への被災地支援に行った際に出会った若者の話があった。

・自分と同じ20代の方たちの話だったのだが、その行動力に驚かされた。ある男性の方は、作業所が被害に遭い行き場のない仲間たちがいた。そんな仲間のために自分で通える場を作っていた。
・ある女性支援員の方は、既婚で小さな子どもがいた。周りの同じような年齢の子どもを抱える家族は放射能の影響を考え避難していた。自分も子どもと避難すべきか、しかし、そうすると目の前にいる仲間はどうなるのかという葛藤の中支援を続けていた。

この話を聞いて、同じ20代として尊敬の気持ちと自分も負けないように頑張らなくてはと感じた。自分も被災地に行き実際に現場を見たからこそ、彼らの決断は簡単なものではないと感じる。ただ、行動することに年齢は関係ないことも痛感した。自分と彼らの置かれた状況とは異なるものの、決断や判断をしっかり行ない責任を持って仕事をしていきたいと感じた。

〈新人分科会二日目〉
二日目はグループワークを行なった。「理想の作業所とは」というテーマで、家族にとって、職員にとって、仲間にとって、地域にとって、社会にとっての5つの視点から考えていった。年齢、経歴などがみんな異なっているため様々な意見がでた。自分では考え付かないような意見もあり、とても新鮮な時間だった。そこで出た理想の作業所像はとても良いものだった。みんな新人なので現実が見えていない意見というのもあるのかもしれないが、理想は自由で、それを目指すことは大切なことだと思う。その上で現実を知り壁にぶつかりながら成長していきたいと思う。また、他事業所の職員と関わることで学習だったり横の繋がりを深めていけたらと感じた。
じきょう

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法人研修レポート ~社会保障について~ 

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じきょう

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被災地ボランティアに行って ~第一弾~ 
 私は7月3日~7月9日まで福島県南相馬市にある障害者施設で、きょうされんを通じて被災障害者の支援活動を行った。急な段取りだったこともあり、出発前は「自分に何ができるだろう?」という不安と、対照的に「出来る限りのことを頑張ろう」という気持ちだった。郡山に着き、そこから車で南相馬市へ向かう道中に、ここは被災地だということを思い知らされた。郡山から南相馬へのルートには原発から20キロ圏内の警戒区域 (強制的に避難させられ、立ち入りも禁止)と20~30キロ圏内の計画的避難区域(すぐに避難できるように準備しておかなければならない区域)があり、警戒区域に入らないように迂回して行かなければならなかった。さらに、南相馬の手前にある飯館村は20キロ圏内ではないものの、警戒区域に指定され全住民が避難しておりゴーストタウンになっていた(車の走行は可)。そこは人影がなく、カーテンが閉まりきった家、見捨てられたヤギなど異様な雰囲気だった。放射線量が高いことは事前に把握していたが、目に見えない恐怖ほど恐ろしいものはないと感じた。
 南相馬に入ると、思ったよりマスクを着けた人が少なく、長袖の人がいないことに驚いた。比較的放射線濃度が高くないためだった。震災前に7万5千人いた人口が、震災後には1万人まで減ったものの現在では5万人にまで回復していた。その理由としては、避難所の生活に耐えられない、一時的に県外などへ避難したが落ち着いてきたので戻った・他に頼る当てがない、震災前の南相馬を取り戻したいなどがあった。お店なども徐々に開いてきており、復興の兆しが見られた。それから支援対象の施設へ行った。
 施設の建物自体は地震の被害がなくきれいだった。中に入ると日曜日の夕方だったため職員も利用者もいなかったが(土日は休み)、前の支援チームの方が2名残っていた。今回の支援チームは福岡と京都から派遣されたチームだった。程なく引き継ぎを行い、簡潔に町の状態、施設の体制、利用者の様子、作業内容などの説明を受けた。その際に、ある事実を知った。
 震災後1万人まで人口が減ったとき、市はとにかく南相馬を離れるように市民に指示を出した。そして、いつでも逃げる準備ができている人のみ南相馬に残っても良いと。なので、残った1万人は当初、生活と交通手段を確保できていると人たちだと思われていた。だが、実際にはまったくの逆で交通手段を確保できた人、自力で避難できる人たちは皆南相馬から出て行っていた。必然的に残された1万人は逃げる術がない人たち、つまり高齢者や障害者、その家族であったのだ。さらに、残された障害者の内7割は施設やヘルパーに登録されていない人たちだった。この震災が起こったことで浮き彫りになった南相馬の実態である。このような大災害が起きないと実態が掴めない、そんな福祉や行政の在り方に疑問と悲しさを感じた瞬間だった。

※警戒区域・計画的避難区域の把握があいまいなので間違えているかもです・・・。
※次回は作業所での支援活動とその中で感じたことを中心に書きたいと思います。

テーマ:障害者の自立 - ジャンル:福祉・ボランティア

じきょう

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学習会 
 陶友に来て早2か月…この2か月は台風のように過ぎていきました。
紙漉き班の仕事を覚えること、なかまたちとの関わり、学習会、ゆうゆうとの会議や行事、ご近所応援団、きょうされん関係などなど。当然余裕もなく毎日家に帰って「やり忘れた事はないだろうか?」と心配になる日々…。という具合に一杯いっぱいですがなんとか若さで乗り切ってます!

そんな中、先日鬼瓦所長と若手支援員による学習会がありました。題材は「マルクスのかじり方」という本でした。指定された範囲を読んでレポート提出、そこから各々感じたことや意見をディベートするかたちで行いました。

ちなみに今回の学習会でのテーマを大まかに言うと、「マルクスの生き方について」でした。

ディベートで鬼瓦所長や先輩支援員の考えを聞くことはとても勉強になるし、刺激になりました。
中身の濃い学習会をすることで学ぶ姿勢と高い意識を持つことが出来るのでとても有意義な時間です。
ただ、それ以外の時間でも独習することを習慣づけるようにすることが必要だと感じています。これから第2回、3回と学習会をしていくので、その都度身になる学習をしていきたいと思います。


▲ 「マルクスのかじり方」を読まれていない方は、なんのことを言ってるんだろう?と思うかもしれませんが、自分の書いたレポートを載せたいと思います。何かご意見や感想がありましたらコメントをよろしくお願い致します。


・マルクスのかじり方を読んで

 今回マルクスのかじり方を読んで、自分に足りない部分が見えてきたり、ただただマルクスに圧倒されたりしました。若くして当時の世の中に変革を起こそうとし、政府を批判したりと、その行動力や生き方に驚かされました。そして、生きる道に対する「自信」や「学ぶこと」に終わりがないこと、自己の完成と人々の幸福は重なり合っていることなど、今の自分と同じような年齢でその考えを創っていることの凄味を感じました。マルクスの考え方に触れ自分なりに考えることで、学んでいくことのきっかけ出来ればと思います。
 マルクスは生きる道に対する自信は、①自信を持つためには社会のしくみを知ること、②社会と自分の関わりを考えること、③自分の成長に希望を持つことで構築されると説いています。なにか漠然とした自信ではなく、社会のしくみを知ることで自己の成長を促し、それによって得られる自信を獲得することが大切だと。そして、社会のしくみを知るということはつまり学ぶということです。
マルクスは学習に対して満足することなく生涯学んでいます。大学時代にも自ら進んで積極的に学んでいます。それは楽しく学んでいるからなのと、先に書いたような意志を持っていたからなのだと思います。残念ながら自分はマルクスのような意志を持っていませんでした。この本にも書かれていたように、今になってもっと勉強していれば良かったと思うのと、マルクスに早く出会っていればと思いました。広いバックグラウンドを作って広い視野で社会の表面だけでなく深い部分を勉強しておけばと後悔しました。これは自分に限らず多くの人が感じていることだと思います。これからは内発的な欲求や直感を大切にしながら、学びの主体は自分だということを意識して取り組んでいきたいと思います。日々、陶友のなかまと関わり支援するなかで「自己の完成」を目指し、そのために「人々の幸福」、自分に置き換えて考えるとまず陶友のなかまが幸せに暮らせることを目標にしていくことが出来ると思います。そして、社会の仕組みを勉強し、その中で障害分野との関わりや、障害者の生きづらさを学び変えていけるような知識と行動力を培っていくことが必要だと感じました。すぐに出来ることではありませんが、日々陶友でいろんな経験を積む中でなかまや親、障害者制度を肌で感じながら学びに繋げていこうと思います。そのためにはなかまと関わる時間を無駄にしないように、場面ごとに自分なりに考え行動することが大切になります。そうして実務的にこなすのではなく、常に高い意識のもとで支援を行なっていきたいと思います。まず、日々をより有益にしていくことを大切にしていきたいと思います。
マルクスは大きな制限のある困難な時代に生きていました。今の世の中は当時と比べ物にならないくらい学ぶことや発言に自由があります。これから将来を見据えながら進むべき道を模索し、学び続け、それを陶友や障害を持つ人の生きやすさに反映していけるようにしたいと思います。


最後まで見て頂いてありがとうございました。
皆さんのコメントをドキドキしながらお待ちしています。
じきょう

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はじめまして。 
 このたび四月より陶友で働かせて頂いています、治京勇司(じきょうゆうし)です。紙漉き班を担当させていただきます。
 今回初めての陶友ブログで自己紹介をさせて頂きます。最後まで読んで頂けたらと思います。
 
 私の出身は愛媛県です。実家は今でこそ農家ではありませんが、祖父の代まではみかん農家をしていました。少し自慢をさせて頂くと、みかんの味が日本一ということで私の故郷【八幡浜市・真穴地区】は天皇賞を頂いたこともあります。
  高校では工業高校に進学しました。日々機械を相手に過ごしていたら次第に人を相手にする仕事をしたいと思い、大学で福祉を学ぶことにしました。そして、大学進学と同時に福岡へ出てきました。大学は唐人町から遠かったので「陶友」を知る機会はありませんでした。そんな私が現在陶友にいるのは何か意味があるのではないかと勝手に思っています。私は以前に陶友で実習をしたわけでもないですし、これまで関わった機会はありません。しかし、陶友の一員として日々なかまと働いているのは、縁があったからだと感じています。
 
 初めて鬼瓦所長に会ったときに言われたことで、とても心に残っている一言があります。陶友の見学を終えて帰る間際にガチガチに緊張している私に、「自分の色を出して安心してのびのびやれ」と言ってもらったことです。その一言で、陶友で成長し貢献したいという思いがより大きなものになりました。
 現在、研修も合わせると陶友で働き始めて約1月が経ちました。陶友の雰囲気やなかま、それに先輩の職員のみなさんと鬼瓦所長に囲まれ毎日心地の良い疲労に包まれています。いろいろ大変なこともありますがとてもやりがいのある職場だと思います。

 これから自分にしか出来ないことや、自分にしかない色を出してなかまや陶友のために精一杯頑張っていきます!そして、陶友と共に成長していきたいと思います!
こんな私ですが、これからよろしくお願い致します。


じきょう

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